八百板洋子『吸血鬼の花よめ ブルガリアの昔話』

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 八百板洋子編訳『吸血鬼の花よめ ブルガリアの昔話』福音館書店 1996 世界傑作童話シリーズ

 ブルガリアに伝わる昔話を集めたもので、対象年齢は小学校中級から。突っ込みどころの多い、おもしろい展開の話が多くて、どの年齢の人が読んでも楽しめると思う。ただ小さな子には少し怖いところがあるかもしれない。
 収録されているのは「石灰娘」「ムクドリとブドウの木」「バーベルじいさんの光る石」「吸血鬼の花よめ」「たまごを売って子ブタを買って」「月になった金の娘」「ふしあわせさん」「ふしぎな小鳥の心臓」「カメのおよめさん」「スモモ売り」「悪魔とその弟子」「つばさをもらった月」の全12話。こうしてタイトルを並べるだけでも、楽しそうな感じが伝わるんじゃないかと思う。ストレートな教訓話もあるけど、基本的には魔法や不思議な出来事がメインで、女性が活躍する話が多い。

 表題作の「吸血鬼の花よめ」もまた、吸血鬼となった若者のもとに嫁いだ可憐なお姫さまが、彼の呪いを解くためがんばる話だ。収録されたなかでは最も怪談色の強い話で、昔話らしい意味のよく分からないシチュエーションと、しっかりハラハラさせる展開があって、かなり不気味な印象を受ける。
 ここで登場する吸血鬼には、自分の姿を見た人間を生かしておくと、滅んでしまうという難儀な性質がある。また呪いを解いて吸血鬼を人間に戻すためには、眠っているあいだにその胸の奥を覗かなければならない、という奇妙な設定もあって、帽子のなかに胸の扉の鍵を隠し持っているという。
 クライマックスでお姫さまが覗いた吸血鬼の胸の奥の暗闇のなかには、蠢く大勢の人間の姿があった。帽子のなかの鍵、鍵穴の付いた胸の扉、胸の奥の闇で蠢く人々……なんとも奇怪なイメージである。全然分からないけど、何らかの寓意が込められているのかもしれない。他のバリエーションでは、吸血鬼の胸の奥には商店街があって、買い物をする人々で賑わっていたという(マジです)。

 ブルガリアはスラヴ諸国のなかで最も早い時期(9世紀頃)にキリスト教を受け入れていて、吸血鬼の伝説はそれ以前の古い信仰の名残りだといわれている。吸血鬼というと、映画や小説の影響から肉体を持った幽霊ってイメージが強くて、「東西の妖怪大集合」的な本で西側の筆頭にあげられてたりすると微妙に違和感を感じることがあったんだけど、「古い信仰の名残り」といわれてみれば、なるほど日本の妖怪にも通じるものがある。
 あとがきで触れられているように、ブルガリアを含めたスラヴ諸国には、古くから土葬の習慣があって、寒さのあまり死体の腐敗が遅かったことが、吸血鬼伝説の生まれる一因となったという。

 この「吸血鬼の花よめ」を含めて、本書に収録された昔話には、主人公が様々な苦難を乗り越えて最後は幸せになるという話が多い。ブルガリアは14世紀末から500年にわたって、トルコの支配を受け続けた。この間ブルガリアの人々は、自国の言語を用いることも許されず、民族的にも文化的にも疲弊したといわれている。そんな状況下で脈々と語り継がれてきたのが、人々の願いそのままのようなハッピーエンドの昔話だったというのがおもしろい。


 ※参考. 栗原成郎『増補新版 スラヴ吸血鬼伝説考』河出書房新社 1991


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