久田樹生『无明行路 怪談 真暗草子』

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 久田樹生『无明行路 怪談 真暗草子』竹書房 2012 竹書房文庫

「これは友人の友人から聞いた話だけど……」という前置きではじまる怪談や噂話を、一度は耳にしたことがあると思う。このお約束な前置きを、民俗学の分野では「フォウフ」(FRIEND OF A FRIENDの略)というのだそうだ。試しにその友人の友人に聞いてみても、また「これは友人の友人から聞いた話だけど……」とはじまる。いつまでも同じことの繰り返しで、ほとんどの場合、話の起点となる事実にはたどり着けないという。

 本書はある怪談のフォウフをさかのぼり、奇跡的に発生源にいたるまでの長い行程と、その話の起点となる事実の正体に迫ったルポルタージュだ。そのため短編作品を集めた一般的な「実話怪談集」とは、異なるフォーマットが採用されている。

 きっかけは山田さんという女性にまつわる怪談だった。有りがちでもないけど特別に目立ったところもない、なんとなくピントがずれているような、据わりのよくないエピソードである。ただ体験者によれば、この話を聞いたり語ったりすることによって、当事者にしか分からない何らかの異変が身辺に生じるという。ビデオテープが呪いを媒介する映画『リング』(1998)とは少々趣が異なるが、この「山田さんの話」もまた、伝染する類いの怪談らしい。

 著者は細い糸をたぐるように慎重にフォウフをさかのぼっていく。比較的地味めなこの話の、まずどのあたりに著者が引かれたのかははっきりと分からない。さかのぼりやすい環境にあったというだけかもしれない。著者自身に何らかの異変が生じたのかどうかも、作中では明らかにされない。

「友人の友人」から語られる「山田さんの話」は、さかのぼるほどに微妙に情報量を増やし、訂正を加えられ、少しずつ明確になっていく。どんどんピントがあっていく感じが、怖いけど気持ちいい。
 この過程において、とくに初期の段階では変化の少ないバリエーションが繰り返されることになるが、各々の体験者の身辺に起こった個別の怪異をメインに置くことによって、できるだけ読者を飽きさせないような工夫がなされている。そしてこの「友人の友人」たちの体験談もやがて、「山田さんの話」という物語のなかに取り込まれていく。

 ここまでの展開がとてもおもしろかったから、おそらくタネ明かしとなるであろう後半のパワーダウンはお約束みたいなものかなー、などとうっすら諦めながら読み進めたけれど、その適当な予想は大はずれだった。
 ようやくたどり着いた「山田さんの話」の震源地とおぼしきひとりの女性。後半は彼女に対して繰り返し行われた聞き取り取材の記録となっている。取材を通して少しずつ心を開いていく彼女の様子が丹念に描かれ、やがて話の起点となる事実がぼんやりと見えはじめる。全てのはじまりは、ある家系にまつわる強烈な「祟り」であるらしい。

 誰もがちらっとは考えてもまず実行には移さない、たとえ実行したところで堂々巡りになるのが目に見えているような遠大な作業を、時間をかけて淡々と行う著者の姿勢には強い感銘を受ける。単に怖いだけじゃなくて、無性に好奇心を刺激される一冊。


 ※参考. 東雅夫「すべての怪談は “不幸の手紙” から始まる! 」『伝染る「怖い話」』別冊宝島編集部編 宝島社 1999


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Posted byserpent sea

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