江戸川乱歩『白昼夢』

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serpent sea
 江戸川乱歩『白昼夢』(『江戸川乱歩推理文庫〈2〉屋根裏の散歩者』講談社 1987 所収)

 この作品が収録されている「江戸川乱歩推理文庫」をはじめて読んだのは、江戸川乱歩にポプラ社の旧「少年探偵シリーズ」のイメージくらいしかなかったころだった。暗号を用いた古典的な推理小説をとんとんと調子よく読み進めて、おっ明智君が出てきたよ、なんて喜んでたら、次に収録されていたのが、このほんの数ページ足らずの作品。なんだこれ? っていうのが第一印象だった。
 今日は夢野久作が激賞したという江戸川乱歩の『赤い部屋』の感想を書くつもりでいたけど、どうしてもこの『白昼夢』の方が好きなので、先にこっちについて書くことにした。第一印象はどこへやらって感じ。

 ストーリーはいたってシンプルで、町なかをぼやーっと歩いていた主人公が、ちょっとした騒動に遭遇する。野次馬に囲まれた男がひとり、愛する妻を殺して、その死体を処理した顛末をがなり立てているのだ。男の話にはやけにリアリティが感じられたが、毎度のことなのか誰ひとりとしてまともに取り合おうとせず、ただ面白がって眺めるばかりで、妻に捨てられた男がそのショックから少々おかしくなっているものと、誰もが信じているらしい。男は薬屋の主人で、妻は店先に飾ってあるという。言われるがままに薬屋の店頭を覗いてみると、確かに目の前のガラス箱のなかには、蝋細工の人体模型が展示されているのだが……。

 巻末の解題によると、大正から昭和にかけて「有田ドラッグ」という日本最古のドラッグストアチェーンが、宣伝広告の一環として薬局の店頭に人体模型を展示していたらしい。夢野久作の『猟奇歌』のなかにも「ドラツグの蠟人形の/全身を想像してみて/冷汗ながす」(※1)という一首があり、これも同様の人体模型を歌ったものだろう。
 著者は革張りの椅子や天井の節穴など、日常のありふれたものから着想を得て、それを特異な方向に展開させる名人である。ただ本作の場合は、もともと著者の好みにぴったりきてるアイテムが選択されているからか、物語を展開するというより、著者のハートに響いた部分を最高に際立てるべく、まるで詩でも書くようにして紡がれている。二人の探偵作家がそれぞれ人体模型という同じモチーフから、散文詩風の小説や短歌といった、詩的な作品を創作しているのが面白い。

 女性を眠らせたり殺したりして、自分の思いのままに人形のように弄ぶって内容の作品は、ちょっと思いつくだけでもいくつかある。有名なところでは川端康成の『眠れる美女』がそうだし、去年感想を書いた木々高太郎の『眠り人形』(※2)もそんな小説の一つだった。エロ小説やエロマンガには、それこそ同傾向の作品が山ほどありそうだし、近年のミステリーのなかにもそんな作品があったように思う(←詳しくない)。
 なかでもこの『白昼夢』と、10年ほど後に発表された木々高太郎の『眠り人形』には、何らかの形で医療に携わる男が中心であることや、妻の性格設定、嫉妬に狂って自らの妻を手にかけるという端緒から、「女はほんとうに私のものになりきってしまったのです。ちっとも心配はいらないのです。キッスのしたい時にキッスができます。抱きしめたい時には抱きしめることもできます」(p.98)という妻に対する扱いにいたるまで、かなり共通する点があるように思う。

 反対にこの二つの作品の決定的な違いは、登場する「人形」の存在感だ。『眠り人形』の人形の存在感が、その描写の多さのわりに最後まで希薄なのに対して、直接的な描写はほんの数行しかない本作の人体模型の存在感は異様なほど強い。人形の持つエロさと薄気味の悪さが、これ以上ないほど鮮やかに表現されている。
 読者は簡潔で明瞭な記述に導かれて、真昼の薬局の日覆いのなかへと入り、ガラスケースに収められた人体模型を目の当たりにする。そしてクローズアップされた蝋細工の皮膚には一面の産毛……なんと悪趣味なオチだろうか。

 本作は薬品の匂いばかりか、嗅いだことのない屍蝋の匂いまでが漂ってきそうな犯罪小説の傑作だ。江戸川乱歩はこの作品の好評をきっかけに、次第に本格探偵小説から離れることになったという。

 あと薬屋の男の独白のなかに「あの女は耳隠しがよく似合いました。自分で上手に結うのです」(p.96)というくだりがあって、この「耳隠し」というのが最初よく分からなかった。「結う」というからにはヘアスタイルなんだろうけど、辞書の記述では全然ピンとこない。ようやくしっかり把握できたのは最近のことだ。映画『帝都物語』(1988)のなかで辰宮恵子や由佳理が結っていた、大正ロマンっぽいあの髪形が「耳隠し」(詳しくはwiki等参照)である。ポイント高い。


 ※1. 夢野久作『猟奇歌』(『夢野久作全集〈7〉』 中島河太郎, 谷川健一編 三一書房 1970 所収)より。
 ※2. 前に書いた記事↓木々高太郎『眠り人形』
 http://serpentsea.blog.fc2.com/blog-entry-48.html


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Posted byserpent sea

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serpent sea  

>>黒岩さん
コメントありがとうございます。天井から覗く男というのは、おそらく江戸川乱歩の短編小説『屋根裏の散歩者』ではないでしょうか。『人間椅子』と並び称される名作のひとつです。何度も映像化されているので、そちらをご覧になられたのかも知れません。映画には詳しくないのですが、1994年に公開された実相寺昭雄監督作品『屋根裏の散歩者』が、美術も綺麗でエロ度高めで良かったです。

2013/01/29 (Tue) 23:25 | EDIT | REPLY |   
黒岩  

この作品、小説として読んだ記憶がないが、天井から男がのぞいてるシーンに何か記憶があるような気がする。。。映像化作品を観たのかもしれません。それとは違う作品なのかな。とにかく一度読んでみようと思います。

2013/01/29 (Tue) 18:31 | EDIT | REPLY |   

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