諸星大二郎『栞と紙魚子と青い馬』

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 諸星大二郎『栞と紙魚子と青い馬』朝日新聞社出版局 2008 眠れぬ夜の奇妙な話コミックス

 胃の頭町の異界化は着々と進行しているようだ。それに伴ってほんの少しずつだけど、確実に作品の雰囲気も移り変っていく。前に少し書いたけれど「栞と紙魚子」シリーズ初期においては、街全体が怪異に見舞われるようなスペクタルな展開は少なく、不吉な感じの、いかにも「事件」って規模の出来事が中心となっている。またなんとなく切さを感じさせる幻想的な雰囲気や、最近ではあまり見られなくなった暗めのトーンも特徴的だと思う。

 現在A5判のコミックスでは6巻まで刊行されている「栞と紙魚子」シリーズ、本書はその第2巻めにあたる。個人的には本書や次の第3巻『栞と紙魚子 殺戮詩集』あたりの、血なまぐさいスラップスティックなノリが好み。帝国の逆襲ぽい微妙な地味さを漂わせている本書はとくに好きな一冊で、読み返す回数も多い。前巻では段先生一家、次巻ではきとらさんという強烈なキャラが登場するのと比べると、本書の鴻鳥さんはやっぱちょっと地味かなー。ナチュラルに狂ってるいい感じのキャラなんだけど。そういえばムルムルも初登場だった。地味だな、やっぱり。

 本書に収録されている9編のうち、料理好きの「蔦屋敷のお嬢さま」こと鴻鳥友子さんが登場するのは、「本を読む幽霊」「雪の日の同窓会」「足跡追って」「空き地の家」の4編。メインで活躍するのは初登場の「本を読む幽霊」だけであとはちょい役。それでも毎回いい感じでおかしくなっているけど。
 この鴻鳥さん、普段はおっとりしたお嬢さま言葉の女の子なんだけど、極度の霊媒体質で、すぐに悪質な先祖の霊に憑依されてしまうという設定。しかもその霊というのが、美食に狂って娘を食べた母親と、食べられた娘の二体の霊で、それが同時に憑依するからたちが悪い。突然周囲の人間を手にかけようとする。もちろん食べるために。素の鴻鳥さんと、憑依した霊の性格の境い目がちっとも分からないのがおもしろい。

 好きなキャラってことで鴻鳥さんのことばかり書いてしまったけれど、肝心の主人公二人は相変わらず町中をうろついては、妙な事件に関わっている(本書では比較的制服姿で活動することが多い)。
 表題作の「青い馬」は朝霧に迷い込んだ栞と紙魚子が、いつもとはちょっと様子の違う町で騒ぎに巻き込まれる話。ブラックなドタバタものなんだけど、不思議としっとりとした読後感の作品。
 すっかりおなじみな気がする段先生一家は、今回も主役を食いまくる(比喩表現)活躍を見せる。「おじいちゃんと遊ぼう」では奥さんの両親を召喚して、はからずも町中をパニックに陥れた。家や車が吹き飛んだりといった、災害クラスの被害をもたらしている。ああ、それとムルムルもこの話で初登場している。
 ムルムルはフェレットくらいのサイズのあちら産の生き物で、鳥脚類ぽい体形に地蔵顔、背中に貝殻のような小さい羽根がついてる。ストーリーに絡むことはまずないけれど、なんか町中にいて、勝手に踊ったり増えたり食べられたりしてる。「足跡追って」ではそんなムルムルの生態を垣間見ることができる。できたらどうだって気もしないでもないが、意外にもおもしろくてなんか悔しい。

 こんな感じで、本書にはバラエティに富んだ楽しい作品ばかりが収録されている。一作毎にいちいち読後感が異なっているのも素晴らしい。奇妙で残酷でゆるい話の好きな人にはすごくおすすめ。あ、でも、もちろん刊行順に読んだ方がより楽しめると思う。


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Posted byserpent sea

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