末広恭雄『魚の風土』

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 末広恭雄『魚の風土』河出書房新社 1985 河出文庫

 毎月JAFから送られてくる動物が表紙の冊子に松任谷正隆のエッセイが載っている。主に自動車に関連するアレコレを書いたエッセイなのだが、数号前のネタが路上の怪談だった。いつもはふわっと目を通すだけだったが、思いがけないところで好みの記事を見つけて、なんか得した気分になった。
 自分にとって魚釣り関連の本は、そんな思いがけない、いい話の穴場である。実家には魚釣りのエッセイ全集みたいな箱入りの綺麗な本があって、海の怪談・奇談の記事がぽつぽつと載っていた。目次を見てもそれとは分からないことが多いから、適当に拾い読みをして結局それらしい記事は全部読んでしまった。この本もそんないい話を目的に購入した一冊で、油断するといつの間にか海の怪談・奇談になっている。ありがたいことに。

 本書は著者が実際に赴いて見聞した日本各地の魚にまつわるエッセイ集である。ご当地グルメや旅程の思い出話もあって、紀行文としても楽しく読める。当然、水産業と特産品の魚介類の話が中心になっているが、前述の通り海の怪談・奇談分もばっちり含まれている。
 収録されている34話のうち、印象に残ったものをあげると、禁足地の神聖な池で経血で汚れた腰布を洗ったことから、池の主に拐かされた女の話「乙和の池の花嫁」。それからわりと珍しいガチ人魚っぽい話が出てくる「新島の思い出」もよかった。海底で抜けなくなった錨を潜水して見に行ってみると、錨はどこにも引っかかってなくて、ただその上に黒髪を水になびかせた女が腰かけていたという。「唐桑の巨釜半造」では海難にあった商人を救助した白鯨の伝説が紹介されていて、これは唐桑半島の御崎神社の境内にある鯨塚の謂れである。続く「捕鯨紀行」では著者は実際に捕鯨船に乗り込んで、捕鯨の様子を見学している。

 こんな感じで、頻出するってほどでもないけど、やたらに目に付くその手の話の中で最も印象に残ったのは、昭和36年に読売新聞社が主催した華厳の滝の科学調査にまつわるエピソード「華厳の滝の冒険」だった。著者は当地における生物の調査を担当していた。
 華厳の滝は全国的に有名な心霊スポットで、現在は(ほとんど)なくなったとされるが、かつては自殺の名所として知られていた。著者が参加した調査の際にも、岩場や水中から複数の死体が見つかっている。陸上の死体は鳥獣の餌食となって酷い有様だったようだが、滝壺の底で発見された死体は蝋細工のように美しい状態を保っていたという。屍蝋化していたのだろうか。激しい水流に洗われて、ほとんど裸だったらしい。ほの暗い水中でゆらゆら揺れる死体、なんとも美しく不気味な光景である。



『魚の風土』
 河出書房新社 1985 河出文庫
 著者:末広恭雄

 ISBN-13:978-4-3094-7078-8
 ISBN-10:4-3094-7078-5
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Posted byserpent sea

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