手塚治虫『鉄の旋律』

0 Comments
serpent sea
 

 手塚治虫『鉄の旋律』(『手塚治虫漫画全集 MT96 鉄の旋律』講談社 1980 所収)

 妹がイタリアンマフィアの御曹司と結婚した。主人公のダン・タクヤもなし崩し的にファミリーの一員となった。マフィアの内情に無知だったタクヤは、知らずファミリーの掟を破ってしまい、残酷な制裁を受けることになった。両腕をトロッコで轢断されたのである。瀕死の状態でファミリーから放逐されたタクヤは「意志どおりに動く義手」を求めてさまよい、カリフォルニア大学超心理学研究室でESPの研究をする一人のユダヤ人科学者と知り合った。彼はタクヤが望む義手をくれるという。ただし科学者の提示する過酷な要求に、忠実に従えばとのことだった。
 拷問のような長いトレーニングの末、タクヤは念願の義手を得た。金属の筒で構成された義手は何ら稼働のための仕組みを持たないがらんどうの物体だったが、タクヤはPKによってそれを自由に動かすことができた。当然、拳銃の引き金を引くことも。タクヤの復讐が始まる。

 トロッコと線路、金属の義手、拳銃、金属の質感が印象的な作品。サイキックものである。雰囲気は『スキャナーズ』(1981)とかあの辺で、あとがきに「ぼくの青年マンガには夢のひろがりがなく、たのしさにかける、といった読者がいます。はっきりいえば、ぼくは青年マンガでは、そういうものをつとめて消そうとしているのです」とある通り、終始陰鬱で殺伐としている。
 超能力ものの鉄板ネタで構成されたストーリーは、著者が「無茶苦茶に雑誌の仕事に突進していった時期の作品」というわりに、お手本のように美しく整っていてよどみがない。自分が読んでて楽しかったのは、主人公の復讐を描いた後半よりも、前半のトレーニングのくだりだった。強制的にPKの発現を促す方法は、主人公を高温の室内で拘束し、水の入ったコップをその眼前に置くだけというシンプルなもので、極限状態における渇望が超自然の力を呼び起こすらしい。リアリティの塩梅が絶妙で、実際にできそうな感じなのが素晴らしい。ネタ的にはいかがわしさ満点のはずなのに、いかがわしい感じにならないのが著者の作品らしい。本作のキーマンであるユダヤ人の科学者は、登場人物の中で最もマンガ的に表現されたキャラで、大戦中、強制収容所で拷問や飢餓で死にそうになりながら、収容所長を念じて殺したという過去話も面白かった。超能力の発現から暴走までを、真正面から、地味に描き切った佳作。



『手塚治虫漫画全集 MT96 鉄の旋律』
 講談社 1980
 著者:手塚治虫

 収録作品
 『鉄の旋律』
 『白い幻影』
 『レボリューション』

 ISBN-13:978-4-0610-8696-8
 ISBN-10:4-0610-8696-8
関連記事
serpent sea
Posted byserpent sea

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply