手塚治虫原作, 桂千穂脚色『〈シナリオ〉ドン・ドラキュラ』

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 手塚治虫原作, 桂千穂脚色『〈シナリオ〉ドン・ドラキュラ』(『季刊 映画宝庫 第11号〈新年〉』芳賀書房 1980 所収)

 TVアニメ『手塚治虫のドン・ドラキュラ』(詳しくはwiki等参照)は不幸な事態に巻き込まれて、史上最短で打ち切りとなった作品として知られているが、東宝で進行していた実写映画もまた中止となってしまった。監督として予定されていた大林宣彦はやる気満々だったみたいだし、そのフィルモグラフィから考えても、チョコラが超絶かわいく描かれたはずなのに、実に惜しい。ついてない。

 原作の、主にチョコラについての感想も書き終えたことだし、映画版『ドン・ドラキュラ』に関しても少し触れておこうと思う。幸いシナリオの第一稿が雑誌『季刊 映画宝庫』に掲載されているので、そのあらすじと感想って感じで。

 ※記事が長くなってしまったので収納しました。興味のある方は下の「続きを読む」よりどうぞ。映画関連の用語の誤用などがあるかもしれません。ご了承ください。


 シナリオでは原作からの設定上の変更点がいくつかあった。ごく細かな変更や、ノブヒコの趣味が刺繍なんて追加要素もあるれけど、主なところは以下の通り。

 1. 吸血鬼は子供のうちは陽光を浴びても平気。だからチョコラは普通の学校に通っている。
 2. SF研究会がノブヒコのハーレム状態。
 3. 伯爵とチョコラはテレパシーで感応しあっている。
 4. 復活の儀式は24時間過ぎると効き目がない。
 5. ノブヒコの家が大病院で、しかもヘルシング教授の孫娘の孫にあたる。名字は「伴」。
 6. ヘルシング教授は怨霊として登場。もちろん原作のイボ痔設定はない。

 ポルノ女優の矢良センヌの生き血を吸うべくストーキングを始めたドラキュラ親子は、センヌの自動車事故の現場をに居合わせる。チョコラは事故原因となった車を追ってドライバーの生き血を吸い、現場に残った伯爵は救急車のなかで輸血用の血液を抜かれてしまう。
 ある日チョコラに連れられて、ノブヒコとSF研究会の少女が6人、ドラキュラの居城を訪れた。伯爵はそれなりの威厳をもって彼女たちを迎えるが、チョコラの目を盗んでは何度も吸血に及ぼうとして、ことごとく失敗。あげくすねてしまったチョコラの機嫌をとるため、スキー合宿の旅費を出すはめに。
 ノブヒコの別荘で行われたスキー合宿の夜。ふもとの町に向かったノブヒコとチョコラは、途中オオカミに襲撃される。危うく難を逃れた二人だったが、遠くに遠吠えを聞いて別荘に戻ると、SF研究会の少女たちは一人残らず惨殺されていた。犯人は大昔に死に別れたはずのチョコラの母親、オオカミ女のカーミラであった。カーミラはチョコラを連れ去ろうとするが、間一髪、駆けつけた伯爵によって無力化される。
 別荘の騒動で傷を負ったノブヒコは実家の病院に入院、見舞いに訪れたチョコラに、怨霊と化したヘルシング教授が襲いかかる。再び伯爵が駆けつけるが、チョコラはすでに鏡の中に取り込まれてしまっていた。伯爵はチョコラを助けるため、ヘルシング教授の怨霊とともに朝日を浴びてそれを滅ぼし、自らは灰となってしまう。
 チョコラとドゴール、そして支配下にあったセンヌの協力によって復活した伯爵は、灰に掃除機のゴミが混じっていたらしく、みすぼらしい様子をしていた。そこに再びカーミラが出現、嫉妬に駆られてセンヌを惨殺する。伯爵はカーミラと互いに喉を咬みあう戦いの末、駆けつけたノブヒコにチョコラを託し、カーミラとともに朝日のなかに消える。

 以上がシナリオのあらすじだけど、チョコラをめぐる伯爵とカーミラとの確執を軸に、原作の第1巻収録分の各話を絶妙にミックスして構成されている。またノブヒコをヘルシング教授の血縁とすることで、ロミジュリ的な恋愛ドラマとしての強化も計られている。本来はここからさらに枝葉をはらって、第二稿、第三稿と精度をあげていくのだろうけど、原作ファン(チョコラファン)からすれば、この時点でもう充分過ぎるほどの完成度だと思う。
 長くなるから引用しないけれど、アバンではトランシルヴァニアのドラキュラ城での伯爵とカーミラが描かれている。タイトルバックは「以下S16までのタイトルバックは正調ドラキュラ映画の古典的タッチ」(p.107)とト書きされていて、ハマー・ホラーのような雰囲気。

 そしてなんといってもチョコラがメインなのが嬉しい。原作からチョコラのかわゆさが上手く抽出されている。例えば、帰宅して伯爵を起こすシーン。

チョコラ「お寝坊ね、もう夜のご飯よ」
ドラキュラ「何だ。チョコラか。若い娘が昼日中遊び回るとロクなことはないぞ(あたりを見廻し)まだ早い。/もう少し寝よう」
チョコラ「ダメダメ。一日に一遍ぐらいはあたしと一緒にご飯食べて。ねエお父さん」
 チョコラ、ドラキュラの手を引っぱって引き起こす。(p.108-109)


 画面のなかの愛らしいチョコラの姿が目に浮かぶようだ。台詞回しがいちいちやばい。

チョコラ「おとうさん。あたし美人?」
ドラキュラ「ああ、地球上の誰よりもな」
チョコラ「よかった……」
 チョコラ、髪をかきあげ白いやわらかな首筋をドラキュラに差し出す。
チョコラ「咬んでいいわよ……」
ドラキュラ「え……」
チョコラ「あたしの血を吸って」(p.114)


 こんな感じで原作第1巻第1話の名場面もカンペキに再現されている。
 ほかに全裸のシーンなんかもしっかり予定されているが、原作にないノブヒコとのキスシーンなんかがあったりするのは、ぐぬぬ。

 SF研究会の6人の少女たちは、それぞれ「クッキー」「キャンデイ」「チップス」「おせんべ」「マシュマロ」「ガム」という、「チョコラ」にあわせたネーミング。しっかりとキャラも描き分けられていて、その姦しいノリは、大林宣彦監督作品の『HOUSE ハウス』(1977)の面々を彷彿とさせる。死にっぷりも含めて。
 映画が作られる過程を知らないから当たり前なのかどうかは分からないけれど、この段階でシナリオには当時の大林作品のカラーが色濃く反映されているように感じる。
 また石上三登志との対談のなかで大林宣彦は、『ドン・ドラキュラ』という作品は「つまり父性愛の話なんですよね」(※1)と語っていて、「チョコラとドラキュラの間に、そこはかとなく暖かい親子の情愛が生み出せれば成功だと思った」(※2)という原作者の意向にばっちりと沿っているのが素晴らしい。そしてドラキュラの配役については、同じ対談のなかで平幹二郎、石坂浩二、宍戸錠の名をあげている。

 この作品が中止になった経緯は分からないけど、この雑誌が出た翌年、大林宣彦は角川映画『ねらわれた学園』(1981 配給は東宝)を発表、尾道三部作を経て、年に複数の作品を手がけるという充実した時期に突入する。
 もしもこの作品が実現していたなら、『EMOTION=伝説の午後=いつか見たドラキュラ』(1967)から『HOUSE ハウス』『金田一耕助の冒険』(1979)などの大林映画初期の作品群の集大成、……つまり『ねらわれた学園』のような雰囲気の作品になっていたのかもしれない。そういえばこの企画の名残りなのか、『ねらわれた学園』のマント姿の峰岸徹は吸血鬼っぽく見える。

 このシナリオが掲載された『季刊 映画宝庫 第11号〈新年〉』という雑誌、吸血鬼映画だけにとどまらず、小説やマンガまで網羅した素晴らしい内容で、執筆陣も豪華。このジャンルの作品が好きな人は、機会があればぜひ手にとってみて欲しい。


 ※1.〈対談〉大林宣彦ドラキュラ VS 石上三登志ヴァン・ヘルシング p.74
 ※2. 手塚治虫『手塚治虫漫画全集 MT250 ドン・ドラキュラ〈3〉』講談社 1982「あとがき」より。時系列的には、この「あとがき」の方が後に書かれている。


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