ジョン・W・キャンベル『影が行く』

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 ジョン・W・キャンベル(John Wood Campbell Jr.)著, 矢野徹訳『影が行く』(“Who Goes There?” ジョン・W・キャンベル著, 矢野徹, 川村哲郎訳『影が行く』早川書房 1967 ハヤカワ・SF・シリーズ 3161 所収)

 南極の厚い氷の下に巨大な物体の存在が確認された。それはおよそ二千万年ほど前に宇宙から飛来し、墜落した宇宙船だと推測された。発見したのは南極の基地から派遣された遠征隊。発掘時に用いた爆薬によって宇宙船は失われてしまったが、遠征隊は貴重な標本を入手していた。宇宙船の乗員と思しき未知の生物の死体である。
 基地に運び込まれた氷漬けの死体は、議論の末解凍されることになった。危険はないと判断されたのだ。ところが翌朝になると、死体は保管されていたはずの別棟の小屋から消えてしまったのである。ただちに基地内の捜索が行われ、やがてそれは犬舎で発見された。死んではいなかったのだ。宇宙生物を隊員が見つけたとき、その姿は犬と同化しつつあった。
 隊員たちはトーチを用いて怪物を無力化することに成功するが、そこで重大な問題が生じた。この宇宙生物は人間にも化けられるのではないか。時間は充分にあったはずだ。もうすでに姿を変えて、隊員の中に潜伏しているのではないのか。

 映画『遊星よりの物体X』(1951)『遊星からの物体X』(1982)の原作小説。あまりにも有名な映画と比較すると、長らく入手が難しかったこともあって、原作の方は少々影が薄いように思う。自分もこの作品を初めて読んだのは、映画を見て結構経ってからのことだった。
 二本の映画のクリーチャーはどちらも非常に印象的だ。とくに『遊星からの物体X』に登場したものは、文章で詳細に描写したなら、それだけでまるまる一冊埋まるんじゃないかってくらい凄いことになってる。ところが本作のクリーチャーの描写はというと、結構地味。描写自体がごく少ない。同様に舞台となった南極と、基地の描写もあっさり気味である。ページの大半は未知の生物にびびって右往左往する隊員たちのリアクションと、疑心暗鬼に陥って互いに牽制し合う彼らのトークで占められている。物体Xがいつどこからきたのか、危険はないのか、どうすれば滅ぼせるのか、誰に化けているのか等々、議論、口論がやたらに多い。長い台詞の間にちょろっと地の文章といった印象だ。
 こんな感じの→「三個の狂おしい憎悪に満ちた目は、燃えていいる火のように輝き、たったいましたたり落ちた血のように赤かった。髪の毛があるべきところには、吐き気をもよおしそうな青い虫のようなものが群がっていた。」(p.23) そこはかとなくクトゥルフ神話を連想させるクリーチャーの描写こそあるものの、怪物目当てで読むと少なからず肩透かしを食らうことと思う。ただサスペンスに全振りしているので、そういった意味での読み応えはすごくある。毎度あっという間に読み終えてしまう。

 巻末の解説によると、著者のジョン・W・キャンベルは現代SFの基礎を築いた凄い人らしい。作家としてよりも、多くの新人を育て上げた編集者としての功績が大きく、その門下にはこの本に一文を寄せているシオドア・スタージョンをはじめ、アシモフ、ハインラインなど錚々たる顔ぶれが並んでいる。



『影が行く』(“Who Goes There?”)
 早川書房 1967 ハヤカワ・SF・シリーズ 3161
 著者:ジョン・W・キャンベル(John Wood Campbell Jr.)
 訳者:矢野徹/川村哲郎
 解説:シオドア・スタージョン「ジョン・W・キャンベルについて」

 収録作品
 『影が行く』(“Who Goes There?”)
 『薄暮』(“Twilight”)
 『夜』(“Night”)
 『盲目』(“Blindness”)
 『エイシアの物語』(“The Story of Aesir”)
  「1 夜の中から」
  「2 エイシアの外套」

 ISBN-13:978-4-1520-7943-5
 ISBN-10:4-1520-7943-6


 ※ 一冊まるまる著者の作品じゃなくてもOKなら、こっちの本には表題作『影が行く』のほかにも色々な作家の作品が載っててお得です。名作揃い。↓

 

 ディック, クーンツ他著 中村融編訳『影が行く ホラーSF傑作選』東京創元社 2000 創元SF文庫
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