横溝正史『富籤紳士』/『生首事件』/『幽霊嬢』

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 横溝正史『富籤紳士』
 横溝正史『生首事件』
 横溝正史『幽霊嬢(ミス・ゆうれい)』(『芙蓉屋敷の秘密』角川書店 1978 角川文庫 所収)

『富籤紳士』
 気付けば「並河三郎」一人を残して家はもぬけの殻になっていた。知人の「朝木妻吉」とその恋人とが同棲する家に居候しはじめて、三ヶ月ほど経った頃の出来事である。取り残された並河に助け舟を出したのは、隣接する「結婚媒介所高砂屋」のおかみさんだった。以前から高砂屋のおかみさんは、目鼻立ちの美しい並河のことを大層気に入っていたのだ。それから並河はおかみさんに身なりを整えられ、盛り場を連れ回されることになった。あるとき「ちょっとお願いがあるんだけど」そうおかみさんが切り出した。それはおかみさんが所属する「富籤結婚倶楽部」なる非合法なグループへの勧誘であった。

「懸賞金付き婿見本市」に出品されることになった、主体性のない、ニートな主人公の悲哀を描いた短編。犯罪らしい犯罪の起きない、コントって感じの作品で、言われなければ著者の作品とは気付かなそう。
 登場する女性がやけに逞しいのに対して、男性キャラはダメダメのダメダメである。状況にザブザブ流され、頼りなく、生産性もない。しかし自分はそんなダメ人間の情けない生態に、そこはかとなく共感を覚えた。さらに少なからず羨ましくも思った。なんというか、楽そう?
 この作品は1927年(昭和2年)に発表された、著者にとってごく初期の作品である。当時と現代の世情が似ているのか、いつの世にもこの手の人種がいるってことなのかは分からないけれど、全然古びてないどころか、不本意ながら上記のようにごく自然に共感させられてしまう不思議な作品だった。


『生首事件』
 質屋の娘「お玉」は近頃憂鬱だった。心に決めていた「井汲潤三」青年が、浅草の劇場の女優「水木瑠璃子」に入れあげているらしいのだ。ある日、質屋に一つの小包が届いた。差出人は不明。中に収められていたのは激しく損壊された女の生首であった。歯科医の協力のもと被害者の身元はすぐに判明した。生首の主はお玉の憎き恋敵、水木瑠璃子だったのだ。警察はお玉と瑠璃子と井汲の関係に着目し、お玉と井汲を容疑者として捜査を進めるのだった。

 この作品は1928年(昭和3年)、『富籤紳士』の翌年に発表されている。冒頭から著者の趣味全開で、いきなり「生首」である。白昼の質屋の軒先に生首。この生首のインパクトに引きずられて、猟奇犯罪ものなのか、しっかりとした推理ものなのか、判断のつかないまま読み進めてしまったので、オチは結構意外だった。劇中で用いられるトリックは分かってみれば実にシンプルだけど、舞台はバラエティに富んでるし、それぞれ登場シーンは少ないながらキャラも印象的。なにより少ないページ数で、こんな犯行形態になった理由が全てスッキリ解明されるのが気持ちよかった。肉付けすれば本格的な長編になりそうな作品。


『幽霊嬢(ミス・ゆうれい)』
 蒲田の撮影監督「山野茂」のもとに奇妙な手紙が届いた。それは山野の映画に出演者していた少年が、数ヶ月前に家出をしたさる大家の令嬢ではないかという問い合わせの手紙だった。差出人は娘の乳母を務めた女性らしい。山野には少々心当たりがないではなかった。オーディションに集まった志願者の中で、その少年の繊細な美しさは群を抜いていたし、思い起こせば撮影中に見せた何気ない仕草もまるで少女のようであった。山野は丁寧な返事を書いたが、残念ながらその手紙は戻ってきてしまっていた。三ヶ月ばかりが過ぎた頃、俳優の「宇津木」から山野の元に手紙が舞い込んだ。宇津木はあの少年と共演しており、不思議な手紙についても知っている。そんな彼があの少年とそっくりな少女を目撃したらしい。

 1929年(昭和4年)に発表された作品。大長編ロマンみたいに始まって、なーんちゃってって感じでするっと幕を閉じる。謎の手紙に最初だけ盛り上がって、そのうち忙しいからとか何とか言ってグダグダになる登場人物たち。実際こんなことがあったら、こんな感じのリアクションだろうなーとは思うが、おかげで話がサクサク進まないのがじれったかった。提示された謎も魅力的だったのに。この作品については解説に「探偵小説の結末をまっ先に読んでしまったものの悲哀を、改めて感じさせる」とある。なるほど、面白い! とはいえこの作品における「結末」は、推理してどうにかなるような感じでもない。
 そういえば『富籤紳士』『生首事件』そしてこの『幽霊嬢』は、どれも都市が舞台になっていて、著者によって戦後に発表された地方色豊かな作品群とは全然イメージが異なっている。累代の念が澱のように沈殿した田舎の話もいいけど、猥雑で移ろいやすくて、妙にエネルギッシュな昭和の街中に、こっそり謎が潜んでるような話もまた面白い。



『芙蓉屋敷の秘密』
 角川書店 1978 角川文庫
 著者:横溝正史
 解説:中島河太郎

 収録作品
 「富籤紳士」
 「生首事件」
 「幽霊嬢(ミス・ゆうれい)」
 「寄せ木細工の家」
 「舜吉の綱渡り」
 「三本の毛髪」
 「芙蓉屋敷の秘密」
 「腕輪」

 ISBN-13:978-4-0413-0458-7
 ISBN-10:4-0413-0458-X
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Posted byserpent sea

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