ムッシュー・田中『恐怖! 犬神の森』

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 ムッシュー・田中『恐怖! 犬神の森』(旧題『狼女ロビズオーメン』)立風書房 1981 レモン・コミックス(恐怖シリーズ)

 舞台は九州、九重火山群の北東部の山中に位置する「犬喰村」。「洋介」「霧絵」の主人公兄妹は村長をつとめる叔父に請われ、数年ぶりにその集落を訪れた。到着早々、凶暴な野犬の群れに襲われる二人だったが、間一髪で従姉妹の「燐子」に救出される。燐子によると野犬が凶暴化した背景には、村人から「犬神様の使い」と呼ばれる「妖怪犬」が関わっているらしい。都市部から遠く離れた犬喰村には今もなお犬神信仰が根強く残っており、村人の生活に暗い影を落としているのだ。水道工事が中断されていることも、最近連続して発生した殺人事件も、すべてが妖怪犬の仕業ではないかと噂されていた。燐子がブラジル旅行から帰って以来、そういった奇怪な出来事が徐々に増えはじめたという。動物学者を志す洋介は、妖怪犬を科学的に調査し、怪事件の原因を究明するために招聘されたのだった。
 次いで村の井戸からは何ものかの牙で引き裂かれた少女の遺体が発見され、就寝中の霧絵の部屋に巨大な謎の獣が踊り込んだ。集落に発生する奇怪な出来事はすべて妖怪犬の仕業だったのか。そしてその正体はやはり「犬神様の使い」なのだろうか。

 内容はしっかりとした憑きもの譚で、色々盛り沢山な楽しい作品だった。一応少女向けのはずだけど、絵柄はいい意味でバタ臭くアダルトで、女性があられもない姿で変身するなどサービスシーンもある。
 犬神というと四国のイメージが強いから九州にもそういうのあるんかなーと思って手元の本をちょろっと見てみたら、確かに『恐怖! 犬神の森』の物語の舞台と思しき地域には、濃厚に犬神の俗信が残存していたようだ。濃厚さの点では四国を上回っているかもしれない。参考書は石塚尊俊の『日本の憑きもの』って本で、1959年に刊行された憑きもの関連の名著である。少し前に復刊されてたから、その筋の人は大喜びだったろうと思う(上記の話はもちろん『日本の憑きもの』刊行時点のもの)。
 劇中では「犬神とは日本に最も広く分布する憑き物の一つで、狐憑き・狐持ちなどと同じ型のものである」(p.24)とあっさり気味に解説されるが、犬神の俗信に過去の因縁話や竹の花の伝説、水質汚染がしっかり絡んでいるあたりに、著者の力量と意欲が感じられる。それから映画の影響。特徴的な類似点がみられることから、著者の念頭には本作より数年先行して公開された東映映画『犬神の悪霊(たたり)』(1977)があったのではないかと思う。ただし本作には「ブラジル」、そしてメインキャラ「ロビズオーメン」という少女向けコミックとしてはいささか特殊なモチーフが導入されており、結果として非常に個性的な作品として成立している。

 日本の山奥の集落にブラジル、異物感が半端ないが、ああ、そんなこともあるかもなーって感じの妙な説得力はある。そして肝心なのはブラジル由来のキャラ「ロビズオーメン(Lobisomem)」である。ロビズオーメンは南米に伝わる噛まれたら感染するタイプの狼男である。もともと南米土着の伝承ではなく、ポルトガルの移民から伝わったらしい。前に読んだ山口敏太郎, 天野ミチヒロ共著『決定版! 本当にいる 日本・世界の「未知生物」案内』のなかには、アルゼンチンにおける「ロビンソン」なる狼男に関する近年の目撃例が紹介されていて、どうやらロビズオーメンと同種の怪物のようだ。目撃情報がラジオ番組に殺到したという。
 最近ではゲームなどの影響から多少なりともポピュラーになったロビズオーメンだが、本作の刊行時にはまだまだどマイナーなキャラだったはず。当時は気軽に検索なんてこともできず、当然身近にポルトガル語辞典なんてない。それを躊躇なくど真ん中に放り込んでくるとは、ムッシュー・田中恐るべし。著者の完全な創作か、それともブラジルにはほんとにこんなのがいるのか、ブラジルの唐突さによって、真偽の曖昧さが説得力を強化している。当時の子どたちはこの謎の怪物を大いに怖れ、楽しんだに違いない。



『恐怖! 犬神の森』(旧題『狼女ロビズオーメン』)
 立風書房 1981 レモン・コミックス(恐怖シリーズ)
 著者:ムッシュー・田中

 ISBN-13:978-4-6510-7048-3
 ISBN-10:4-6510-7048-5


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