夢野久作『白菊』

0 Comments
serpent sea
 夢野久作『白菊』(『夢野久作全集〈3〉』 中島河太郎, 谷川健一編 三一書房 1969 所収)

 夢野久作の作品のなかでもとくに好きな『死後の恋』の感想を書いたので、この機会にもう一つこの作品についても書くことにした。著者の卓抜した表現力とロマンチシズムが顕著に顕われた、美しい短編だと思う。

 網走刑務所から脱走して虐殺と略奪を重ねた凶悪犯が、窓から漏れる不思議な赤い光に誘われて、とある館に侵入する。侵入するとすぐに光の正体は明らかになった。それは館の一室の、淡紅色の絹布に包まれたシャンデリアの灯りであった。室内の四方の棚には天井近くまでぎっしりと人形が収められ、巨大なテーブルには数限りない動物や食器のミニチュアが並んでいる。人形ばかりの小宇宙、桃色の微笑の世界だ。「その神秘と、平和にみちた永遠の空虚の中に、偶然に……真に偶然に迷い込んでいる彼自身の野獣ソックリの姿……。」(p.135)名状しがたい感情に、男は激しく動揺する。
 寝台には西洋人の少女が一人眠っていた。黄金色の巻毛をした幼い女の子で、部屋中のどの人形よりも端麗な顔立ちをしている。そんな少女の「寝息とも……牛乳の香気とも……凋れた花の吐息ともつかぬ、なつかしい、甘ったるい匂い」(p.136)。激しく欲情した男が少女を手にかけようとしたその刹那、星が枕元のガラス窓の向こうを流れる。気付けば窓の外は満天の星空である……。

 色々なタイプの作品を書いている著者だけど、やはり期待通り猟奇的なものが多く、そうでなくても猟奇的な要素が突っ込まれている場合がほとんどで、このおとぎ話のような作品にもそういった要素がしっかり導入されている。とは言え作品の中核を成すような扱いではなく、あくまでも主人公の男の凶暴なキャラ付けの一環としてって感じ。
 それよりもこの作品で特徴的なのは、著者がいつもの猟奇的なグロ描写や、キチガイキャラに傾けるのと同様の情熱で、花や少女やそれらの放つ芳香を執拗に描写しているという点だ。美しい悪夢のような人形の部屋、芳香で息苦しいほどの花壇、どちらも精密で豊かな表現で描き出され、主人公である脱獄犯の心を揺さぶり、容赦なく突き崩していく。そして哀れな犠牲者が暴力によって命を奪われるように、暴力的な人非人は、花や少女の無慈悲な清らかさによって命を落とす。正確には死んでるかどうか分からないのだけど、きっと死んでいる。

『ブルーベルベット』(1986)という映画のなかに、おかまが口パクで熱唱するロイ・オービソン(Roy Kelton Orbison)の『In Dreams』(劇中では『眠りの精はお菓子のピエロ』1963)を聞いて、粗暴な麻薬中毒者で変質者の男が感極まるというシーンがある。その場面を見るたびに、決まってこの『白菊』を思い出す。映画で歌われる『In Dreams』が、あまりにもこの作品にぴったりだからだと思う。


関連記事
serpent sea
Posted byserpent sea

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply