米田三星『生きている皮膚』

 米田三星『生きている皮膚』(鮎川哲也編『怪奇探偵小説集〈1〉』双葉社 1983 双葉ポケット文庫 あ02-1 所収)

 エロいゴシップで浮名を流した女流作家「川口淳子」(34)は癌に蝕まれていた。乳房の表皮にできた悪性の腫物が右の腋窩まで這い上がり、乳房の上方で小さいイチゴほどの形で表皮を破っていた。表皮癌である。彼女は顕微鏡のレンズ越しに自らの組織片を覗き見ると、病状を告げるいとまもなく錯乱した。「顔、顔だ! …… やっぱり生きていたのです! あいつの皮膚が生きている!」
 皮膚に呪われている……そんな妄想に川口淳子が憑かれた理由は、彼女の遺書によって明らかになった。それは自らの犯した異様な犯罪を告白する手記であった。数年前、彼女はとある大学教授を騙し、植皮の手術を受けたのだった。自分のバラの刺青の入った皮膚と、昏睡させたある人物の皮膚を交換したのである。私怨を晴らすための犯行だった。その人物とは……。

 著者、米田三星は内科の開業医で、本業を生かした短編を数本発表し、昭和7年の『血劇』を最後に筆を折った。この作品は雑誌『新青年』の新人ショーケースみたいな企画に掲載された著者のデビュー作で、巻末の鮎川哲也の解説では「全体的に素人っぽい」などと評されてしまってるが、怪しげな雰囲気は上々。面白い作品だった。
 本作は病院の怪談めいた「村尾医学士の話」と、女の陰険な復讐を描いた「川口淳子の手記」(こっちがメインです)という、まるで印象の異なる二つの章からなっている。この二つのパートの嵌合のぎこちなさが、「素人っぽい」と指摘された所以なのかもしれないが、自分はどっちも楽しく読めた。プレパラートの細胞が人の顔に見えるという発想は、人面瘡のユニークなバリエーションで、発表当時の読者にはさぞ目新しかったに違いない。メインの「川口淳子の手記」は手記らしからぬ人称に戸惑ってしまうが、植皮手術が行われた「暗い屋敷」は、ゴシック小説のような抜群の雰囲気。隠微で変態っぽい空気が漂っている。ヒロインの女主人ぶりも素晴らしかった。著者の本業に関連する描写には、グロさ生々しさよりもメディカルな冷たさ、硬質感が感じられて、作品のアクセントになっている。推理小説としてはどうかと思うが、怪奇小説ファンには楽しめる作品だと思う。

 それにしても『新青年』は不思議な雑誌だ。大脳生理学者だった木々高太郎をはじめ、医者、技術者、科学者が、自分たちの本業を生かした小説をドカドカ投稿していた。しかも怪作、奇作が目白押し。今出てたら絶対に購読する。



『怪奇探偵小説集〈1〉』
 双葉社 1983 双葉ポケット文庫 あ02-1
 編・解説:鮎川哲也

 収録作品
 『悪魔の舌』村山槐多
 『白昼夢』江戸川乱歩
 『怪奇製造人』城昌幸
 『死体蠟燭』小酒井不木
 『恋人を食う』妹尾アキ夫
 『五体の積木』岡戸武平
 『地図にない街』橋本五郎
 『生きている皮膚』米田三星
 『蛭』南沢十七
 『恐ろしき臨終』大下宇陀児
 『骸骨』西尾正
 『舌』横溝正史
 『乳母車』氷川瓏
 『飛び出す悪魔』西田政治
 『幽霊妻』大阪圭吉

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