海野十三『生きている腸』

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 海野十三『生きている腸(はらわた)』(『十八時の音楽浴』早川書房 1976 ハヤカワ文庫 JA73 所収)

 医学生「吹矢隆二」は、その日も朝から、腸(はらわた)のことばかり考えていた。彼はすこぶる風変わりな医学生で、助手でもないくせに、大学医科にもう7年も在学していた。長い在学期間、彼はひたすら腸のことを考えていたのだ。そして今夜、彼は刑務病院の外科長を強請り、おそらく囚人から切除したばかりの「生きている腸」の入手に成功したのだった。
 その日から吹矢と生きている腸の奇妙な同棲生活がはじまった。ガラス管に満たされたリンゲル氏液に浮かぶ腸は、吹矢の施術によって劇的な変化を遂げ、やがて大気中でも生存できるようになった。並行して感情を有しているかのような反応を見せることもあった。吹矢は腸を「チコ」という愛称で呼び、ペットのように慈しみ、戯れた。そしていよいよこの実験に関する論文に取り掛かることになった。

 著者は戦前から推理小説、少年冒険小説、空想科学小説などの分野で活躍した、日本のSF小説の先駆者である。一方、本名の佐野昌一名義で、電気化学、数学等の分野の著作も発表している。残念ながら自分は個人全集(三一書房から出てます)を持ってないのだが、主要な作品は傑作選で手軽に読めるし、SFや怪奇系のアンソロジーに収録されていることも多いから、お馴染みって感じの作家だ。
 で、日本SFの始祖と呼ばれ、「科学思想の普及につくした」とされる著者の、代表作とは言えないまでも、最もメジャーかもしれないのが本作『生きている腸』である。超ゲテモノ。

 本作には川端康成の『片腕』のような詩情もメタファーっぽいところもなく、驚異的な変化を遂げる臓物の様子が、環形動物の観察日記みたいな感じで書き連ねられている。ストーリー自体は自業自得、因果応報の物語なんだけど、説教臭いところが全くないのがよかった。主人公のキャラが少々掴み難いように感じたが、その分メインの直腸生物「チコ」の描写は冴えている。振動電流を流した際の、チコのそこはかとなくエロい反応や、脱皮を繰り返し「少し色のあせた人間の唇とほぼ似た皮膚で蔽われることになった」(p.24)というチコの質感等々、真に迫った描写が頻出する。
 内臓を弄ぶというと、ひたすらグロく、生臭くなりそうだけど、本作には妙な清潔感があって、そのせいかナンセンスな印象が強い。これならグロいの苦手な人でもわりと平気かもしれない。あと、われながらどうかと思ったのが、腸の元の持ち主が判明した途端、それまでのチコの挙動がにわかに可愛らしく思えたことだった。



『十八時の音楽浴』
 早川書房 1976 ハヤカワ文庫 JA73
 著者:海野十三
 解説:石川喬司「海野十三ノオト」

 収録作品
 『生きている腸(はらわた)』
 『宇宙女囚人第一号』
 『第五氷河期』
 『十八時の音楽浴』
 『放送された遺言』
 『ある宇宙塵の秘密』
 『軍用鮫』
 『千年後の世界』
 『特許多腕人間方式』
 『地球を狙う者』

 ISBN-13:978-4-1503-0073-9
 ISBN-10:4-1503-0073-9


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