小松左京『黄色い泉』

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 小松左京『黄色い泉』(『霧が晴れた時 自選恐怖小説集』角川書店 1993 角川ホラー文庫 所収)

 先日『今昔物語集』の感想文のために、著者の『霧が晴れた時 自選恐怖小説集』を引っぱりだしてきて『まめつま』って作品を読み返したところ、案の定そのままの勢いで他の作品まで読んでしまった。収録されているのは60年代から70年代にかけて書かれたものばかりだけど、どの作品もまったく古びることなく、とにかくおもしろかった。有名な『くだんのはは』や前述の『まめつま』など、日本的な要素が多分に盛り込まれた作品なかには、とくに興味深いものが多いように思う。この『黄色い泉』もそんな傾向の作品だ。

『黄色い泉』というタイトルからして、不吉で、なんとなく神話ぽい雰囲気が感じられるし、おおむねそういう話なんだけど、なにより注目したいのはこの作品が「UMA小説」だというところ。恐竜小説でも、怪獣小説でも、妖怪小説でもなく「UMA小説」。この場合のUMAは、オリジナルの怪物を作中でUMAって呼んでるとかじゃなくて、雑誌『ムー』に繰り返し載ってるようなポピュラーなUMAを指す。こんな感じの厳密な意味でのUMAを扱った小説は結構珍しいと思う。しかもそのUMAというのが「ヒバゴン」。渋すぎる。
 
「ヒバゴン」は1970年にはじめて目撃された二足歩行の獣人タイプのUMAで、1982年までのあいだに断続的に十数回の目撃例がある。獣人タイプのUMAというと、巨大な「雪男」のような姿を連想するが、ヒバゴンはせいぜい身長1.5メートル程度のサイズで、ずんぐりとした体形をしているらしい。子供のおもちゃのピストルで撃たれて逃げ出した、なんて微笑ましいエピソードもある。最近ではあまり(ほとんど)その名を聞かなくなったが、海外のUMA関連本でも紹介されるなど、日本を代表するUMAのひとつだ。名称は中国山地の比婆山連峰周辺に目撃が集中したことに由来する。

 前置きが長くなってしまった。肝心のストーリーはというと……ある若い夫婦が広島から出雲にいたる旅行の途上で、予期しない災厄に見舞われる。迷い込んだ比婆山の近辺で、身重の妻が行方不明になってしまったのだ。洞窟の奥深くに妻を連れ去ったのは、周辺で度々目撃されている「比婆山の雪男」だった。

 この作品は『古事記』における伊邪那岐命の黄泉国訪問をなぞるように展開する。ギリシア神話との類似がさんざん指摘されている例のくだりである。もちろん本作の主人公が伊邪那岐命、連れ去られた妻は伊邪那美命のポジション。妻を輪姦する比婆山の雪男の群れは、伊邪那美命に取りついた「八はしらの雷神」である。ちゃんと8匹いるし、妻に群がる彼ら(?)のポジショニングも『古事記』の通りだったりする。芸が細かい。

 それにしても『古事記』のなかの「故、其の神避りし伊邪那美命は、出雲國と伯伎國との堺の比婆の山に葬りき」という短い記述にヒバゴンを絡めて、これほど面白い作品を仕立ててしまう著者の発想の豊かさには驚かされる。物語のオチもしっかりと『古事記』に則っていて、思わず納得って感じ。また作中にははっきりと書かれてはないけれど、そもそも広島から出雲というルート自体『古事記』的には、かなり験が悪いんじゃないかって気もする。

『古事記』やヒバゴンのことばかり書いてしまったが、この短編はとても怖ろしい作品だ。本作を含めて短編集『霧が晴れた時 自選恐怖小説集』に収録された作品には、タイプこそ違うものの、家族を理不尽な、それも残酷なかたちで失う話が多い。この「喪失感」が著者の恐怖小説の根幹をなしているように思う。


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Posted byserpent sea

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