江戸川乱歩『人でなしの恋』/『木馬は廻る』

 江戸川乱歩『人でなしの恋』
 江戸川乱歩『木馬は廻る』(『江戸川乱歩推理文庫〈5〉陰獣』講談社 1987 所収)

 エロっぽい人形というと、球体関節人形。そりゃ魔改造フィギュアやラブドールもエロいけど、こればかりは刷り込みみたいなものだからしょうがない。エロい。あのぐりっとした球体パーツがエロエロしいオーラのもとになってるような気もするが、あまり掘り下げないでおく。で、球体関節人形といえばハンス・ベルメール、伝統的な構造の人形を倒錯的に作り変えた「始祖」だ。しかし人形愛の人かというと、そうでもないイメージ。日本では四谷シモン。ベルメールにインスパイアされた先駆的な人形作家で、こちらは自身が認める人形愛まっしぐらな人である。
 ベルメールの作品はヒンデンブルクが爆発した1937年に日本で紹介されている。四谷シモンがベルメールの作品を初めて見たのは1965年のことだったらしい。以来、日本製の球体関節人形は、ベルメールを始祖として頂きながらも、四谷シモンの強い影響のもとに連綿と作り続けられることになる。
 ネット上ではレディ・メイドのスーパードルフィーなども含め、多くの人形作家によって生み出された人形の画像を見ることができる。どの人形も美しく、神秘的な雰囲気を漂わせていて、オブジェのように展示されているものもあれば、個性的な衣装で飾られ、相当慈しまれてるなーってことが伝わってくる人形も多い。こうした人形たちが程度の差はあれ疑似恋愛の対象になり得ることは想像に難くない。中には『人でなしの恋』の浮世人形のようなヘビーな愛され方をしている人形がいるかもしれない。
 面白いのは、さかのぼればベルメール由来の外貌を備えたそれらの球体関節人形が、機能や取り扱いの点で伝統的な人形に先祖返りしていると思われることだ。わりと言及されることが少ないが、ベルメールの人形2体のうち先に作られた個体、初号機には、素晴らしいギミックが搭載されていた。人形のヘソから体内を覗くと、電球で照らされたパノラマが見えるのだ。そこには6部屋に区切られた円環状のケースが収められていて、一つ一つの小部屋がそれぞれパノラマを内蔵しており、乳首を押すと場面が切り替わった。この初号機については製作の過程が克明にドキュメントとして残されているので、作りかけの装置を確認することができる。
 ベルメールの『人形のテーマのための回想』には下に貼った装置の図(※1)が載っていて、内蔵されたパノラマに関して次のような解説がされている。「パノラマは、小さなオブジェ、物質、悪趣味な色彩写真から生まれてきたものである。6つのそれぞれ色違いの小さな懐中電燈用電球が、順ぐりに必要な照明を供給する。」(※2) この電飾を施したのはベルメールの弟らしい。また『ベルメール写真集』では編著者がパノラマの様子をもう少し具体的に記している。謂く「このパノラマは、六つの色つき豆電球が照らし出す、北極の海に沈む船や少女たちの痰で飾られていると称されるハンカチや砂糖菓子やエピナル版画〈中略〉を収めた六つの箱から成っている」(※3)

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「《Musée》personnel」(1948)と題された写真がある。小物の並んだ飾り棚をモチーフとして選んだ、ベルメールのファンにはとても興味深い写真である。そこに並んでるのはおそらく彼の宝物なのだろう。ブリキの長靴を履いた猫、ミシンのミニチュア、ミニョネット3体、アフリカっぽいお面のミニチュア、カラフルな何か(ビーズ?)が入ったガラス瓶2本、ジャイロスコープ、根付けっぽい人形、赤いダイス、蒸気自動車のミニカー2台などなど、めっちゃ趣味がいい。いかにも宝物になりそうなものばっかりのラインナップだ。母親から幼年時代の思い出の品々が詰まった大きな箱が送られてきた、なんてことがあったらしいから、飾り棚に並んだいくつかは、その箱に入っていたものかもしれない。そして人形の体内には、当然、上記のような細々とした玩具の類いが収められていたのだろう。バカバカしくて、無邪気で、個人的で、実にノスタルジックなギミックである。
 ちょっと前にTVで霊能者っぽい人が、人の形をしてるのに中が虚ろ、だから人形には何かが憑きやすい的なことを言っていた。そういったスピリチュアルな妖しさが人形の大きな魅力であることは間違いない。しかしベルメールの人形にはきっと何も憑かないだろうなって気がする。ベルメールは一貫して人形をおもちゃとしていじくりまわし、それを撮影した。腹部に球体パーツを持つ二体目の人形(おっぱいが可動する2号機)にいたっては、バラバラのまま、ゲッターロボみたいに無茶な合体分離をさせたあられもない姿が多くの写真に収められている。

『人でなしの恋』は美しい一体の人形がでろでろに愛され、粉々に破壊される歪んだ愛欲の物語で、人形愛を題材にしたものとしては古典中の古典って感じの作品だ。著者自身、結構気に入っていたらしく、後年映画にもなってるし漫画化もされている。『木馬は廻る』は回転木馬の真ん中に突っ立って、ラッパを吹くことを生業にする中年男の切ない恋の話である。アウトラインは以前感想を書いた『踊る一寸法師』(←前の記事へのリンクです)と似るが、この作品にはエログロい要素は皆無。ろくに犯罪さえ起こらない。怪談でもない。それでも自分はこの作品が特に好きだ。ケレン味がない分、著者の筆力をより確かに感じることができる。見たこともない場末の「木馬館」の光景が、まるでヘソの穴から覗いたパノラマみたいに目に浮かぶ。ストレスでパンパンになった男が、なすすべもなく、ただ狂ったようにラッパを吹き鳴らす。それはなんとも痛々しく、切なく、ノスタルジックな光景である。


 ※1. ハンス・ベルメール(Hans Bellmer)著 種村季弘,瀧口修造訳『イマージュの解剖学』(“Anatomie de l'image”)河出書房新社 1975 p.21
 ※2. 同上 p.20
 ※3. アラン・サヤグ(Alain Sayag)編著 佐藤悦子訳『ハンス・ベルメール写真集』(“Hans Bellmer Photographe”) リブロポート 1984 p.15

 参考 Harry Jancovici, Bellmer : dessins et sculptures, Paris, La Différence, coll. « L'autre musée », 1983. 「《Musée》personnel,1948」が載ってます。



『江戸川乱歩推理文庫〈5〉陰獣』
 講談社 1987
 著者:江戸川乱歩
 解題:中島河太郎
 巻末エッセイ・乱歩と私:和久峻三(作家)「少年時代の私の乱歩」

 収録作品
 『踊る一寸法師
 『毒草
 『覆面の舞踏者』
 『灰神楽』
 『火星の運河』
 『モノグラム』
 『お勢登場』
 『人でなしの恋
 『鏡地獄』
 『木馬は廻る
 『陰獣』

 ISBN-13:978-4-0619-5205-8
 ISBN-10:4-0619-5205-6


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コメント

人外
ご無沙汰しております。

ベルメールから乱歩への連携、思わず膝を打ちましたね。
ベルメールについては、コンスタンタン・ジェレンスキーがベルメールについて指摘した「肉体の内部の風景は、死と愛に結びついている。恋人と殺人者とが、その風景の特権的な探求者なのである」という文章と、乱歩の次の文章も照応しますね。

「残虐はもうゆるぎのないタブーとなっているけれど、戦争と芸術だけが、それぞれ全く違ったやり方で、あからさまに残虐への郷愁を満たすのである」(「残虐への郷愁」)

ところで「人でなしの恋」。
本編の人形は「安政の頃の名人形師立木と申す人の作」とあります。
光文社文庫版江戸川乱歩全集3巻の注釈には「架空の人形師か」と疑問形で書かれていますが、この立木は実在の人形師ですね。

大正7年に芸艸堂から出た『古代ひなと人形』という本に立木作の人形写真が掲載されています。
「此人形安政元治の頃人形師立木の作ならんといふ」という文章が添えられ、また長田喜太郎という人物の所蔵であることも書かれています。

「人でなしの恋」の初出は大正15年ですから、乱歩がこの『古代ひなと人形』を参考にした可能性は大きいと思いますね。

でも立木の人形は、写真で見る限り、どうしても一昔前のラブドールみたいで気味が悪いです。

それでは更新を楽しみにしております。

Re: 人外
>>水引さん
お久しぶりです! ありがとうございます!
立木なる人形師、実は自分もネットで検索してみたのですが、
国会図書館のレファレンス事例で、『古代雛と人形』に写真が載ってるらしい、ってところまでしか辿り着けませんでした。
ご覧になられたの羨ましいです。乱歩はあの趣味と蔵書量ですから、持ってても不思議じゃないと思います。
それにしても、立木、そんなに凄腕だったのに資料が全然ないというのが切ないですねえ。

ベルメールは人形との距離感が漠然とイメージする人形師と人形の距離感でないのが面白いです。
製作の動機も「とにかく役に立たないものを作ってやる! 」とか、素晴らしいです。

コメントありがとうございました!
No title
返信、恐縮です。
もし立木の人形写真に興味がありましたら、『古代ひなと人形』で検索すると、たまにネット古書店の目録にヒットしますよ。
国会図書館のレファレンス事例には『古代雛』になっていますが、正確な書名は『古代ひな』です。

確かに簡単に見つかる本でもないのですが、気長に探せば、そう高額でなく(おそらく1,000円~2,000円くらい)で買えると思います。

でも書物との出会いは一期一会ですね。
高校生の頃、鎌倉の古書店で何気なく買って本棚に飾っていた薔薇十字社版『妻帯司祭』が、10年に1回古書市場に出るかどうかという珍本だったとは、その時は夢にも思いませんでしたね。
Re: No title
>>水引さん
コメントありがとうございます!
薔薇十字社版『妻帯司祭』、ちょっと検索してみましたが、
とんでもないことになってますね。まさに幻の! って感じで。自分は稀覯書の類いは全然持ってないのですが、
貴重な本を買って、寝る前に眺めたりするのは相当気分いいだろうなーって思います。

『古代ひなと人形』は残念なことに
デジタルライブラリーが図書館での閲覧のみになっていたので、
いっそ買えるなら買いたいと思っておりました。
もしも入手できたなら、せっかくなのでここでアップしたいと思います。
珍しい本なのに思いのほかやすいですね! 情報ありがとうございました!

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