『今昔物語集 巻第二十七 本朝 付霊鬼』より「第四」「第三十」着物の妖怪と枕元の小人について

0 Comments
serpent sea
『今昔物語集 巻第二十七 本朝 付霊鬼 冷泉院東洞院僧都殿霊語第四』
『今昔物語集 巻第二十七 本朝 付霊鬼 幼児為護枕上蒔米付血語第三十』(山田孝雄, 山田忠雄, 山田秀雄, 山田俊雄校注『日本古典文学大系〈25〉今昔物語集 四』岩波書店 1962 所収)

 全31巻(8、18、21巻は欠)で構成される『今昔物語集』のなかでも、鬼、妖怪、幽霊、狐などの説話がずらっと並んだこの「巻第二十七 本朝 付霊鬼」(※1)は、おばけ全般を愛好する読者にとって思い入れの深い巻だと思う。有名な「武徳殿松原の鬼」や、映画(※2)にもなった「安義の橋の鬼」もこの巻に収録されている。下記の2編は「空飛ぶ赤い単衣」「幼児の枕元の小人」という怪異にまつわるちょっと奇妙な話。

 ※1.「本朝」は「日本」のこと。『今昔物語集』は、天竺(インド)、震旦(中国)、本朝(日本)の三部から成っている。
 ※2.『アギ 鬼神の怒り』(1984)

 ※記事が長くなったので収納しました。興味のある方は下の「続きを読む」よりどうぞ。下の方で小松左京『まめつま』、平田篤胤『仙境異聞』にもちらっと触れてます。


『冷泉院の東洞院の僧都殿の霊の語 第四』

 今は昔、冷泉院の南、東洞院の東の角には僧都殿という気味の悪い建物があった。もちろん誰一人として住む者はいない。

 冷泉院の北にあるのは左大弁の宰相、源扶義という人の屋敷である。その左大弁の宰相の舅は讃岐守、源是輔。屋敷から眺めると、向かいの僧都殿の「戌亥の隅」(※3)に、高い榎の木が植えられていた。黄昏時になると、僧都殿の寝殿の前から真っ赤な単衣の着物が、その榎の方へと飛んで梢を登っていく(※4)。

 それが怖ろしくてあたりには誰も近寄らない。ところが讃岐守の屋敷で宿直をしていた腕に覚えのある男が、この単衣が飛び行くのを見て「俺があの単衣を射落としてやるよ」と言いだした。それを耳にした者たちが「それは無理だろ」などと煽って男をけしかけたものだから、男は「いやかならず射てやる」と、夕方になると僧都殿に出向いて、南側のすのこにあがって待ち構えていた。すると東の方角の竹の少し生えたなかから、例のごとく赤い単衣が飛びはじめた。男が矢を弓につがえ、強く引いて射かけると、矢は中心をつらぬいたかに思われた。ところが単衣は矢を突き立てたまま、いつものように榎の梢を登っていく。そこで矢があたったあたりの地面を見てみると、血液が大量にこぼれていたのだった。

 讃岐守の屋敷に帰った男が、さんざん煽った者たちにこの出来事を語ったところ、みなはひどく怖ろしがった。男はその夜、寝たまま死亡してしまった。

 男を煽った者たちに限らずこれをはじめて聞いた人もみな「つまらないことをして死んだものだ」といって誹った。
 人にとって命よりも大事なものはないのだが、つまらないことに意地を張って死んでしまう。本当にどうしようもないことだ、と語り伝えている。


 ※3.「戌亥の隅」(いぬいのすみ)は、屋敷の北西の隅。陰陽道の鬼門は北東(丑寅)の方角だけど、日本では古来よりこの北西の隅に鬼が逃げ込むといわれ、屋敷のなかでもとくに重要な場所とされていた。もちろん穢れのないように注意を払う必要があった。多くの神社は戌亥を背に建てられているらしく、神棚や仏壇も同様の向きで設置するのがベストとか。西方浄土の方角に向かって手を合わせる配置だ。こうしたことを考えあわせると、この怪異が毎夕くりかえす挙動にも、なんとなく意味があるような気がしてくる。家相としては「戌亥蔵」(いぬいくら・いぬいぐら)といって、蔵を建てるのに適した方角らしい。

 ※4. 着物の怪異というとマンガにもたまに出てくる「小袖の手」(詳しくはwiki等参照)か、このエピソードのものくらいしか思いつかないが、どちらも本来の持ち主の女性の強い恨みや執着が籠ってそうで、妖怪というより幽霊、怨霊に近い感じがする。この説話の赤い単衣は「一反木綿」(詳しくはwiki等参照)のようにひらひらと飛行するだけじゃなくて、まるで手足があるように木に登ったりするというから気味が悪い。竹の緑とのコントラストが鮮やかな「赤」という色も、鳥居に使用されたり魔除け厄除けの意味もあることから、いかにも縁起が良さげだけれど、仏教の六道では「餓鬼道」の色ともされていて、この手の民話や説話に出てくるとろくなことがない。

 このエピソードに限らず『今昔物語集』には、前述の「安義の橋の鬼」や「産女の話」など、男たちが度胸試しをする話が多い。意地を張って強がったり、それを煽ったり囃したりする様子がいきいきと描かれている。今でいう心霊スポットに突撃するノリとなんら変わりないのがおもしろい。


『幼き児を護らんが為めに枕上に蒔ける米に血付く語 第三十』

 今は昔、ある人が、方違え(※5)に下京のあたりに出向いた。幼い子を連れているというのに、その宿に以前から幽霊が憑いていることを知らずにみな寝てしまった。

 子の枕元に火を近く灯して、すぐそばに二、三人ほどが眠っていた。目を覚ました乳母が子に乳を含ませたまま薄目を開けていると、夜半のころ板戸を細く開けて、そこから身長五寸ほどの五位の者どもが、赤い装束をまとい、馬に乗って十人ばかり次々に枕元を通っていく(※6)。怖ろしくなった乳母が、打蒔の米をたっぷりと掴んで投げつけると(※7)、そこを通っていた者どもは散り散りに逃げて消え失せた。

 その後もますます怖ろしさはつのったが、夜が明けてその枕元を見てみると、投げた打蒔の米のひとつぶひとつぶに血が付いている。まだ四、五日はその宿に泊まるつもりだったのだが、この出来事を怖れて帰ってしまったという。

「幼い子のそばには、必ず打蒔をしないとね」と、この話を聞いた人はみな口を揃える。そして「とっさによく打蒔をできたものだ」と乳母を褒めた。
 このことから、見知らぬところには、うっかり気を許して泊まるものではない。世の中にはこんな怖ろしいところもあるのだ、と語り伝えている。


 ※5.「方違え」(かたたがえ、かたちたがえ)は陰陽道に基づいた俗習で、「方忌み」(かたいみ)ともいう。外出などの際に、目的地の方角の吉凶を占い、凶が出た場合、まず別の方角に向かってから目的地に向かう。
 ※6.「五寸」は約15センチ。「五位」は律令の官位で、かなり偉い。「赤い装束」は深緋という濃い緋色をした五位の装束。このくだりは「身長15センチくらいの真っ赤な服を着たお役人らしき人が、馬にまたがって、十人ほどぞろぞろと枕元を通っていく」って感じ。上記「第四」の「赤い単衣」に続いての「赤」だけど、こっちは楽しい悪夢のようで、祓ってしまうのはちょっと惜しいような気もする。
 ※7.「打蒔」(うちまき)は米の霊的な力によって魔を祓うという俗習。

 小松左京の短編小説に同様の怪異を扱った『まめつま』という作品があって、もしかするとそっちの方が有名かも知れない。『まめつま』にはこの「小人と打蒔」の他にも、※3の「戌亥の隅」「戌亥蔵」、それから「六部殺し」(詳しくはwiki等参照)という三つのネタが、まるで三題噺のように巧みに織り込まれている。「六部殺し」と「戌亥の隅」の扱いが、コンボで主人公の家庭に魔を呼び込んだと考えるのが妥当だろう。
 この小説のなかでは、幼児の枕元に出た小人の怪異を指して「まめつま」と呼んでいるが、これについては平田篤胤の『仙境異聞』(※8)のなかにかなり詳しい記述がある。山人(天狗)にさらわれたという寅吉の言葉だ。

寅吉云はく、豆つまと云ふ物は、産の時の穢物、また胞衣(※9)より出て来て、其の人の生涯に妖を為し、殊に小児の時に禍ひをなす物なり。其の状は四五寸ばかりにて、人の形に異ならず。甲冑を着し、太刀を佩き、鎗、長刀など持ちて、小さき馬に乗りて、席上にいと数多現はれて、合戦を始むるに、太刀音など聞こえ、甲冑も人間のに異ひなく、光り輝きて甚だ見事に面白き物なり。此のほか種々のわざを現はして、小児を誑かし悩ましむる物なるが、何にても持ちて打払へば、座敷に血つきて消え失せる物なり(※10)


 とこんな感じで、時代が下っているからか、装束は異なっているし振舞いも派手だけど、『今昔物語集』のなかの怪異とそっくりだ。「産の時の穢物、また胞衣より出て来て」というのが興味深い。捨てられて顧みられないものの怨念によって生じるのだろうか。だとすると「小児の時に禍ひをなす」のも分かるような気がする。またここでは装束の色についてはとくに言及されていないが、血液の「赤」をブリッジに「胞衣」と「赤い装束」とが繫がっているようにも思う。

 ※8. 幼いころ山人(天狗)に連れ去られ、そこで生活や修行をしていたという少年「寅吉」と、彼に好奇心を抱いた江戸の知識人たちとの問答集。
 ※9.「胞衣」(えな)は、胎児を包んでいる羊膜・胎盤・臍帯などの総称。余談だがヨーロッパには、赤い羊膜をつけて産まれた赤ん坊はやがて吸血鬼になるという伝説がある。
 ※10. 平田篤胤著, 子安宣邦校注『仙境異聞・勝五郎再生記聞』岩波書店 2000 岩波文庫 p.173

 ※上記の意訳文は、主に頭注を参考にしてまとめましたが、解釈などに間違いのある可能性があります。またごちゃごちゃと書いてある文章には、定説ではない独断や思い込みが多く含まれていて、引用文以外に資料的な価値はありません。あくまでも感想文ということでご了承ください。


関連記事
serpent sea
Posted byserpent sea

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply