A・ブラックウッド『秘書奇譚』

 

 アルジャーノン・ブラックウッド(Algernon Blackwood)著, 平井呈一訳『秘書奇譚』(“Strange Adventure of a Private” ブラックウッド他著, 平井呈一訳『怪奇小説傑作集〈1〉』東京創元社 1969 創元推理文庫 所収)

 主人公はニューヨークのとある会社社長の秘書「ジム・ショートハウス」。あるとき彼は社長から密命を受ける。社長の友人でかつての共同経営者だった男、「ジョエル・ガーヴィー」のもとへ重要な書類を届け、再び持ち帰って欲しいというのだ。ガービィーは相当風変わりな男で、社長は「どうもやつ、ときどき頭がどうかするらしいな。みょうな噂も聞いておる」なんて言っている。ジムは社長から渡された拳銃をポケットに忍ばせて、ロング・アイランドの寂しい駅に降り立った。
 実際に会ってみると、ガービィーはそれほど警戒すべき相手のようには思われなかった。すぐにとって返すつもりだったジムは、ガービィーの懇願と極上のウイスキーに釣られて、ずるずると帰りそびれてしまう。そして夕食を共にすることになったが、テーブルの向こうのガービィーの様子がどうもおかしい。何やら異様に興奮しているらしい。

『怪奇小説傑作集』の第1巻に収録されていることから、ブラックウッドの作品の中でもとくに馴染み深い一編だ。馴染み深いだけじゃなくて、何度読んでも面白い。主人公は『吸血鬼ドラキュラ』のジョナサン・ハーカーみたいに、所用で怪しげな人物のもとを訪れ、予想通り(読者目線)予想以上(キャラ目線)の酷い目に合う。このパターンを踏襲する作品は結構あって、この「傑作集」の第2巻に収録されている超有名な作品、J・D・ベレスフォードの『人間嫌い』がそうだし、最近読んだサー・ヒュー・ウォルポールの『ラント夫人の亡霊』が丁度そんな感じの作品だった。あくまでも訪問先の人物の問題がメインになってるのが、ホーンテッドハウスものと異なるところ。主人公と読者は事前に胡散臭い話をほのめかされ、わくわく(読者目線)ハラハラ(キャラ目線)しながら件の人物に面会してみると、あれ結構普通?? ……え? ……いやいやいやいや、となる。ことに本作のジョエル・ガーヴィーの異様さは尋常ではない。自分の最恐シーンは上のあらすじに続く食事の場面で、あと終盤の寝室から遁走するまでの緊張感も素晴らしい。本作は一応、人狼ものとして書かれており、曖昧ながら確かにそれらしい描写はあるのだが、印象としてはサイコホラーそのものって感じ。

 この『怪奇小説傑作集』の翻訳は、少しばかり古めかしくて不明瞭なところもあるが、前述の通り何度も読んでいて馴染み深いし、何より古色蒼然とした雰囲気がいい。光文社の古典新訳文庫の『秘書奇譚 ブラックウッド幻想怪奇傑作集』に収録された本作は、もっと平易な翻訳で読みやすくなっている。読み比べてみて、とくに面白いのはジョエル・ガーヴィーのキャラクターで、翻訳によってこれほど印象が違うのかと驚かされる。


 

 ブラックウッド著, 南條竹則訳『秘書奇譚 ブラックウッド幻想怪奇傑作集』光文社 2012 光文社古典新訳文庫 ※巻末に年譜と訳書リストが載ってます。


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