天神神社(伊久良河宮跡)について

倭姫宮について」(←前の記事へのリンクです)の記事に「次の目的地は岐阜県瑞穂市居倉の「伊久良河宮跡」(天神神社)。楽しみ」なんて書いてからはや半年以上、リフレッシュ休暇を利用して、ようやくお参りすることができた。

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「伊勢湾岸自動車道」を適当に降りてから、「木曽川」「長良川」「揖斐川」の堤防をひたすら目的地に向かって北上したのだが、これまで電車からチラ見したことしかなかった木曽三川を、今回はあちこちで停まって眺めることができた。水量が豊富で川幅も河川敷(高水敷)も広い。堂々とした力強い川だ。さすが濃尾平野形成のエンジン。当日は絶好の行楽日和で、すごい数のバイクに追い抜かされた。やっぱこの季節バイクは最強。めっちゃ気持ちよさそうだった。

 堤防を走りながらふと気付いたのだが、川の反対の集落の側には、何百メートルかごとに堤防に沿うようにして小さな神社が並んでいる。集落ごとに築かれているように見える。さっき手元の資料を見てみたら、河川のすぐ近くには社が鎮座していることが多く、これは全国的な傾向だと思う。木曽三川沿いの神社の多くに関しては、頻繁に発生した水害にまつわるものだろうけど、古代大和朝廷の勢力の拡大が河川と密接に関連していたと考えると、その名残りのように感じられて楽しい。

 というわけで、今回の目的地は岐阜県瑞穂市居倉にある元伊勢の一つ「天神神社(伊久良河宮跡)」と、岐阜県岐阜市の昆虫専門の博物館「名和昆虫博物館」。まずは散々迷ってたどり着いた「天神神社(伊久良河宮跡)」について。続きは↓の「続きを読む」から。


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「倭姫命」の巡幸のルートについては以前にも書いたので細かいことは割愛するが、行程の最北端が「天神神社(伊久良河宮跡)」である。ここで折り返した倭姫命は、三重県に入り海沿いを南下して伊勢に至る。
『日本書紀』の「垂仁天皇紀」には簡潔に「東美濃を廻りて、伊勢の國に到る」(※1)とあり、「神道五部書」の『倭姫命世記』には「十年辛丑、美濃の国の伊久良河宮に遷幸なりまして、四年斎き奉る」(※2)とある。参考にした『倭姫命世記注釈』の語釈では御巫清直による『太神宮本記帰正鈔』の詳細な記述が引用されていて「大野郡井倉村ノ天神宮社内ニ天照大神御船代石ト称シテ高サ二尺五寸許ナル石弐箇アリ。其前ニ倭比売命ノ手自植給ヘリト謂フ榊ノ古木二株樹テリ。是此宮ノ旧跡ナリカシ」(※3)とある。

 このルート図は『倭姫命世記注釈』の巻末に収録されているもので、とりあえずこの図に記載されたポイントはすべて訪れようと目論んでいる。図の一番上のところに「伊久良河宮」がある。

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 畑の中の道をどんどん走って、カーブを曲がると唐突に鎮守の森が現れる。え、ここ? って感じ。うちの車にはナビが付いてないので、未だに地図とカンを頼りに動いているのだが、たまには迷うのも、こうして唐突な印象を受けるのも楽しい。

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 味わい深い佇まいの手水舎。水盤の隣には井戸がある。

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 拝殿。境内は美しく掃き清められ、蒼古とした社殿も清潔に保たれている。地域の人に大切にされているようで、当日もボランティアの人が境内の清掃をされていた。この拝殿の奥にある本殿は瑞穂市文化財に指定されている。

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 今回の目的地の目的地。上記「帰正鈔」に出てきた「高サ二尺五寸許ナル石」、「御船代石 (みふなしろいし)」。
 古い石積みの上に「L」の形の石が2基、向かい合わせに設置されている。自然石にも、手が加えられているようにも見えて、雰囲気はなんとなく飛鳥の石造物(←前の記事へのリンクです)を思わせる。倭姫命の神輿を置いたという伝説は形状からの連想だろう。石の奥にはお社が2社鎮座していて、東側(石に向かって右側)は「伊勢神宮」西側(左側)は倭姫命を祀っている。

 岐阜県神社庁の「由緒由来」には「今に境内に御船代石とも、御腰懸石とも称する石あり」(※4)とあって、ソースは分からないが、「御腰懸石」という異名があったらしいことがわかる。

 瑞穂市教育委員会の由緒書きによると「居倉の天神神社の境内に、御船代石がお祭りしてある。このあたりが「伊久良河宮」として皇大神宮が祭られていたところである。古い絵図には、御船代石の前にも拝殿があり、大切にお祭りされていたことがわかる。/御船代石とは、神の宿る石という意味である。神殿に神を祭る神社形式よりも、石を神座とする祭り方の方が古い神社形式である。この御船代石のあたりが昔の御禁足地で、神獣文鏡などの祭祀遺物が出土している。」

 かつて御船代石を依代に祭祀が執り行われていた形跡があり、周辺は禁足地だったらしい。このことから伊久良河宮は文化庁の全国遺跡地図にも祭祀遺跡として記載されており、瑞穂市史跡に指定されている。(※5)

 この神社には駐車スペースがなくて、路駐で参拝もなーって困っていたところ、近所の方に公民館に停めればって教えていただいた。ありがたかったです。あと神社と道を挟んで向かい側には、「富有柿発祥の地」という石碑とその柿の原木が植えられていて、見るからに食べ頃の実をつけていた。地図(観光地図)によってはこっちの方が大きく取り上げられているかもしれない。

「名和昆虫博物館」については後日。


 ※1.『日本古典文学大系〈67〉日本書紀 上』坂本太郎, 家永三郎, 井上光貞, 大野晋校注 岩波書店 1967 p320
 ※2. 和田嘉寿男『倭姫命世記注釈』和泉書院 2000 研究叢書 258 p50
 ※3. 同上 p54
 ※4. 岐阜県神社庁のサイトより「天神神社」→ http://www.gifu-jinjacho.jp/syosai.php?shrno=2708&shrname=★天神神社★
 ※5. 参考 瑞穂市役所「ちょっと記になるまち 岐阜 みずほ」サイト内「伊勢神宮のふるさと伊久良河宮」のページ。江戸時代の木版画や出土品の画像などが見れて、とても充実してます。→ http://www.city.mizuho.lg.jp/4868.htm

 ※ 参考 所巧『伊勢神宮』講談社 1993 講談社学術文庫
 ※ 参考 皇學館大学編『伊勢志摩を歩く』皇學館大学出版部 1989


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