江戸川乱歩『暗黒星』

0 Comments
serpent sea
 江戸川乱歩『暗黒星』(『江戸川乱歩推理文庫〈22〉暗黒星』講談社 1988 所収)

 震災を免れた東京の麻布は、古びた建物や瓦礫が点在する淋しい地域である。そこには風変わりな資産家が暮らす西洋館があった。災厄の前兆はごく些細な出来事だった。館の室内の小物がいつの間にか移動しており、資産家の長男は家族が殺害される夢をたて続けに見た。気に留めなければなんて事のない出来事。ところが長男が見た夢の通りの事件が発生したのである。まず長男が生死に関わる深手を負い、駆けつけた明智探偵によって危うく一命を取り留める。目撃された犯人は覆面にインバネスコートをまとった黒ずくめの男。明智が警戒にあたるなか、資産家の妻と次女が次々に惨殺され、明智もまた犯人の放った凶弾に倒れた。館の塔に夜な夜な出入りし、明らかに不審な行動をとった長女こそが犯人だと思われたのだが……。

 この作品はヨーロッパで第二次世界大戦が勃発した昭和14年、雑誌『講談倶楽部』に丸々一年かけて連載されている。著者が「陰栖の決意をなす」と記した年の作品で、時節柄色々な配慮を必要としたのか、あまり調子の出ない執筆だったようだ。確かに得意のエログロいシーンは皆無で、いわゆる「本格探偵小説的」な要素も希薄である。トリック(アリバイトリック)については明智探偵の解説を読むまで皆目分からないが、普通に読んでいても最初の夢のシーンで犯人の目星がついてしまう。巻末の解説には著者の言葉が載っていて、「まことに熱のない、長くもないくせに冗長な感じ」なんて書かれている。

 これは自分が古めの怪奇小説が好きなせいもあると思うが、この『暗黒星』は乱歩の長編の中でも好きな作品の一つだ。塔のあるお城みたいな洋館なんてゴシック小説の舞台そのまんまだし、冒頭のフィルムが焼けるシーンはまさに怪奇小説って感じの見事な不吉さである。焼けただれていく美男美女の顔貌が、映像のように鮮やかに浮かぶ。派手なギミックがない代わりに、文章はいつもより微妙に格調高く感じられるし、熱血な熱さはないけれど底の底の方にインモラルな火種が青白く燻っている。姉妹の扱いの雑さには驚かされてしまうが、明智探偵と長男の感応は細やかに、じっくりと描かれていて妖しい雰囲気満点。

 タイトルの「暗黒星」については劇中、明智探偵によって「暗黒星というのは、まったく光のない星なんだ。(中略) 今度の犯人は、つい眼の前にいるようで、正体が掴めない。まったく光を持たない星、いわば邪悪の星だね」(p.176-177) と説明される。以前感想を書いたSF小説に『暗黒星』(“The End of the World” ←前の記事へのリンクです)という作品があって、著者は黒岩涙香によるその翻案に『「暗黒星」について』(『子不語随筆』所収)という解説を書いている。それが本作のタイトルの元ネタかと思われるが、相変わらずネーミングセンスは抜群だ。


関連記事
serpent sea
Posted byserpent sea

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply