幸田露伴『観画談』

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 幸田露伴『観画談』(『幻談・観画談 他三篇』岩波書店 1990 岩波文庫 所収)

 絵画や彫刻にまつわる怪奇・幻想の小説というと、幸田露伴にもそれっぽい作品がいくつかある。この作品もタイトルの通り絵にまつわる怪異譚で、実話怪談の体。「人名や地名は今は既に林間の焚火の煙のように、何処か知らぬところに逸し去っている」(p.47) って感じの、美しく格調の高い(そして所々難しい)文章で記されている。自分なら「人名や地名は今ではすっかり忘れてしまっている」って書くところだ。

 主人公は貧しい大学生。年齢と年寄りじみた態度から「大器晩成先生」などと呼ばれている。ある時、彼は不明の病気に襲われ、しばらく心身の保養に努めることになった。そこで東京の塵埃を背後にすると、降りしきる雨の中、霊泉が湧くという奥州の山奥の貧乏寺を訪れたのだった。寺には四十ばかりの「和尚」と「若僧」が二人で暮らしいるらしかった。幸いにも投宿を許され、晩成先生はようやく床に着くことができた。
 深夜、睡眠は破られた。激しさを増した雨に出水の恐れがあるらしい。小山の上の隠居所の草庵に、晩成先生一人避難してくれないかという。土砂降りの中、真っ暗な山道を若僧に先導され辿り着いた草庵には、「老僧」が座布団に胡坐していた。どうやら耳が聞こえないらしい。「□□さん」と、自分の名字を言われたのが気になったが、若僧が手話で伝えたのだろう。室内を見渡すと煤けた額に「橋流水不流」とある。意味が分からず考え込んでいると、突然、途方もない大声で「橋流れて水流れず」と、耳元で怒鳴りつけられた。それをスルーした晩成先生、なおも室内を見ると、壁に大きな古びた画の軸が懸かっている。非常に綿密な画らしい。そこで近付いて見つめてみると……。

 以前感想を書いた『幻談』は、長々と釣り関連のよもやま話が続いた後、最後の方で少しだけ「幻談」という構成だった。この作品もその点では同じような感じなんだけど、もっと極端で、ほとんどのページが「大器晩成先生」が山寺に辿り着くまでの僻地窮境の荒々しく美しい光景と、山寺で食事をしたり避難をしたりという描写で占められている。具体的に怪異が発生するのは最後の数ページである。ところが読み進めるうちに、豪雨の夜の山道や、草庵の妖しい雰囲気に呑まれて、実はもっと前から、それとは分からない異世界に足を踏み入れていたのではないか、そんな気がしてくる。そしてその世界とは、最後のシーンで晩成先生がかいま見た、画の中の小さな世界なのでは……。すべてが一枚の画に収斂する感覚が不思議な、三半規管を刺激する作品。

 本作が収録されている『幻談・観画談 他三篇』 は巻末の解説がとても充実していて、この作品の奥深い魅力が語り尽くされている。



『幻談・観画談 他三篇』
 岩波書店 1990 岩波文庫
 著者:幸田露伴
 解説:川村二郎

 収録作品
 『幻談
 『観画談
 『骨董
 『魔法修行者
 『蘆声

 ISBN-13:978-4-0031-0128-5
 ISBN-10:4-0031-0128-6


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Posted byserpent sea

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