志村有弘『戦前のこわい話』

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 志村有弘編『戦前のこわい話 近代怪奇実話集』河出書房新社 2009 河出文庫

 明治以降の実話本の中から7編を収録。各作品の属性はだいたい↓こんな感じで、

「春吉と死霊」民話 (幽霊譚)
「死馬の呪い」民話 (馬娘婚姻譚)
「猫の祟り」民話 (怪談)
「闇の人形師」猟奇事件
「猟奇魔」猟奇事件
「淫獣」猟奇事件
「生肝殺人事件」猟奇事件

 猟奇事件の方が多く、怪談集というより猟奇事件簿といった趣。怖い話と言っても色々だ。より面白いと感じたのは猟奇事件の方で、いっそ全部猟奇事件でもよかった。これら猟奇事件を扱った作品には、幽霊や妖怪は出てこない。エログロな殺人事件についてのルポルタージュである。「闇の人形師」は女性を殺害、乳房を切り取って人形にはめ込んだり、腐敗の進行する死体を屍姦する人形師の話。「生肝殺人事件」では乳首をくわえた幼児の生首や、半ば解体された女性など凄惨な死体が登場する。犯人が変態じゃなくて、実利を追ってたのが面白かった。どっちも『新青年』に載ってそうな作品だ。
 猟奇事件の4編は、実話の体で書かれた完全なフィクションかと思いきや、そうでもなくて、確認できたのは今の所「生肝殺人事件」だけだけど、これは明治38年に実際に発生した事件を元に書かれているようだ。他の3編についても、そのままとは言わないまでも、下敷きになった事件があったのかもしれない。

 民話調の「春吉と死霊」は供養されずに一族に祟っている先祖の霊が、自分の骨を探して供養するよう子孫(主人公)に訴える話。その祟りが結構酷くて、一族に嫁入りした女性が27歳になると確実に死ぬというもの。もしも供養してくれるなら祟るのを止めて、主人公に嫁(可愛いけど死霊)を取らせるという。巻末の解説には「一種、中国の『聊斎志異』の世界を連想させる」とあり、確かに生者と死者の垣根の低い独特の雰囲気がある。また「27歳で死ぬ」ことについては、劇中では自分が27歳で人柱にされたからと説明されるが、27という数字には宗教的な意味が込められてるかもしれない。江戸時代前期の絵草子『片仮名本・因果物語』には、息子に自分の二十七回忌の法要を頼む父親の霊が登場する。俗信で法要は三十三回忌を「弔い上げ」として死者がカミサマ、もしくはご先祖様の仲間入りをする区切りとしており、その一つ前の年忌が二十七回忌である。

 同じく民話調の「死馬の呪い」では、娘に恋をした馬が彼女の結婚を知って発狂、ついにはその娘を食い殺してしまう。毎日厩の前で行水する娘の肢体を見ているうちに恋に落ちたらしい。娘が行水に使った盥の水を、嬉しそうに喉を鳴らして飲んだ、なんて香ばしいくだりもある。婚姻のところは書かれてないけど、馬娘婚姻譚っぽい話である。古来、人と生活を共にしてきた馬にはこの手の話が割とあって、カイコの由来として知られる『遠野物語』の「オシラサマ」はその典型的な例だ。またそのルーツと思しき話が中国の東晋の頃(317-420年)に編纂された『捜神記』にある。随分と古い。どういうルートで東北まで伝わったのかは定かではないが、養蚕の技術と共に輸入されてきたと考えるのが自然だろう(記紀には既にカイコに関する記述がある)。
 馬は人との恋愛や婚姻において、変化することなく馬の姿のままで関係を結ぶ。それがヘビやキツネとは大いに異なる点だ。専ら牡馬╳娘のパターンばかりが目に付くが、もちろん例外はあって『耳嚢』には牝馬╳男の話が収録されている。『耳嚢』にしては珍しく長めの話なので、ざっとあらすじだけ↓「死馬の呪い」には「大体、馬というものは非常に好色な動物で」(p.39)とあり、さらに加えて嫉妬深い動物らしい。

 百姓が知り合った男は、膝まで届くほどの巨根の持ち主だった。話を聞いてみると、イチモツのあまりのでかさ故に、三十過ぎても嫁の来手がなく、この歳になるのに女を知らない。それでムラムラすると牝馬を犯して憂さを晴らしているという。百姓は帰ってこの事を妻に話したが、彼女はまるで信じようとしない。どのくらいの大きさかと聞くので、床の間の花筒くらいだったと言ってやると、「そんなわけないじゃないですか」と笑うばかりである。
 それから二日ほど過ぎた頃、妻の姿がどこにも見えなくなった。丁稚に変わった事がなかったかと聞くと「そういえば昨日、思い詰めた様子で、床の間の花筒を膝に当てたりしてましたが……」と言う。さてはと、再びあの家を訪れてみると、そこには悲嘆に暮れた巨根の男の姿があった。
 彼によれば、とうとう自分のイチモツを喜んで受け入れてくれる女に巡り合えたのだが、厩で飼葉をやろうとしたところ、あの牝馬に食い殺されてしまったのだという。まさか馬にも嫉妬心があろうとは……。そう話して男は泣き崩れた。(根岸鎮衛『耳嚢 巻之一』「大陰の人因果の事」)

 この前、今野圓輔著『怪談 民俗学の立場から』って本を読んでいたら、こんな記述があった。「現在の地方の生活を考えてみれば(中略)、そこには機械の騒音もなく、一生一度も電話を使わぬ人の数は、どれほど多いか知れない。電灯も何十年か前までのランプに幾倍もあかるくないボンヤリとしか照さぬ弱いものであり、その電灯すら知らぬ村人が想像以上に日本には多い現状である。」(※) 初版が1957年の本だから、都会では総天然色の『地球防衛軍』(1957)とかやってた頃で、都会と田舎の差の激しさに驚かされる。『戦前のこわい話』に収録された各作品はこれと前後して発表されているから、背景にある田舎の状況もそうかけ離れてはないと思う。書かれているのはさらに古い出来事だったりする。フィクション分が強いとは言え、そこにはまだまだ暗闇の深かった頃の日本の姿がある。

 ところでこれ書くのにキツネの話が多いなーとか思いながら『聊斎志異』を検索していたら、いつの間にかベビメタの海外ライブレポを読み耽っていて、いつの間にか数時間が経過している。ゆいちゃんまじゆいちゃん。


 ※今野圓輔『怪談 民俗学の立場から』社会思想社 1957 現代教養文庫 p.24-25



『戦前のこわい話 近代怪奇実話集』
 河出書房新社 2009 河出文庫
 編者:志村有弘

 収録作品
 『春吉と死霊』原題「怪談 春吉と死霊」太田雄麻 大陸書院 1938
 『死馬の呪い』青木亮 (『パンフレット文藝・身の毛もよだつ話 実話特輯 昭和十三年七月臨時増刊』1938 所収)
 『猫の祟り』原題「踊り猫の祟り」やみのくれなゐ 富貴堂書店 1923
 『闇の人形師』原題「白蠟の肌を慕う闇の人形師」丸山茂 (『増刊実話』1958 所収)
 『猟奇魔』原題「女体を密室に詰めた猟奇魔」今藤定長 (『増刊実話』1958 所収)
 『淫獣』原題「乳房を抱く一匹の淫獣」皆川五郎 (『増刊実話』1958 所収)
 『生肝殺人事件』原題「生肝質入裁判」高橋清治 (『猟奇』1946 所収)

 ISBN-13:978-4-3094-0962-7
 ISBN-10:4-3094-0962-8


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