秋道智彌『アユと日本人』

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 秋道智彌『アユと日本人』丸善 1992 丸善ライブラリー 061

 以前知人に手作りの毛鉤を見せてもらったことがある。カラフルな鳥の羽毛と糸と釣り針で作られた羽虫のような形状の毛鉤が、いい感じの木箱の中にずらっと並んでいた。家族に邪魔されないように、眠る前にコツコツ作ってるのだそうだ。どっちかというと体育会系で、そんな細々した作業なんてやりそうにない人だったから意外に思った。確かその時、アユ釣りに使う黄色い毛鉤を一つ貰ったはずだけど、どこにも見当たらない。写真に撮ってここに載せようと思ったのに。
 少し前の記事でも書いたけど、自分は魚釣りに興味がない。それでも釣りの話を聞いたり写真を見せてもらったりするのはわりと好きで、食べる方には大いに興味がある。海魚も川魚も貝も頭足類ももれなく大好きだ。この本は日本人と関わりの深い「アユ」に注目し、分布、生態と漁法、食文化などを、図や表をたっぷり用いて論じたアユオンリー本である。印象としては分布と漁法(とくに漁法)に重点が置かれている。

「第4章 アユの食文化」ではアユの食べ方についてまるまる一章が割かれて、煮たり焼いたり漬けたり、聞いたこともないようなアユ料理が紹介されている。滋賀県ではコアユを乾燥したものを大根やネギと一緒に煮たり、醤油で煮たり、イモと炊き合わせにする。島根県にも干しアユを野菜と一緒に鉄の鍋で煮る「アユベカ」という料理がある。検索してみたら牛肉のかわりにアユの入ったスキヤキみたいな料理が出た。文章から予想してたものよりも随分と美味しそうに見える。「今昔物語」に嫌な感じで登場する「鮎鮨」にも言及されている。これはアユ料理の中でも特に古くからあって、一括りに説明できないほど製法が多様化しているらしい。自分が食べたことがあるのは塩焼き、お造り、ウルカくらいで、あと炊きたてのホカホカご飯に焼いたアユの身をほぐして混ぜ込んだのをご馳走してもらったことがあるが名称が分からない。「アユ飯」?「アユご飯」? 島根、山口、和歌山、愛媛などの各県では、乾燥したアユをコンブやカツオみたいにダシのモトとして使うらしいから、これは気付いてないだけで食べたことがあるかもしれない。

 伝説や俗信に関する章は設けられていないが、それらしい記述が随所にあって、例えば上記の食文化の章には「ウルカが、やけどの薬 (高知県四万十川、岡山県旭川) や、牛の傷口につける薬 (広島県神野瀬川)となるという報告がある」(p.134)とある。この「ウルカ」という不思議な語感の言葉の語源は今の所よく分かってないらしいが、一説にはオーストロネシア語の「ウル」と関係するのではないかと言われている。日本語の音韻体系にはオーストロネシア語族と共通する部分がある。塩辛なのに急にグローバルだ。奈良時代に編まれた『播磨國風土記』の「宍禾の郡」(しさはのこほり)のくだりには、「雲箇(うるか)の里(さと)土は下の下なり。大神の妻(め)、許乃波奈佐久夜比賣命(このはなさくやひめのみこと)、其の形(かたち)、美麗(うるは)しかりき。故(かれ)、宇留加(うるか)といふ」(※)とあり、これに関してもチラッとだけ触れられている。塩辛との関連はさっぱりだけど、地勢や地名の由来を書き連ねた風土記には「年魚(あゆ)、多(さは)にあり」的な記述が結構出てくるから、読んでるうちにやっぱりなんか関係あるのかもって気がしてくる。
 アユには神饌として奉納されてきた歴史があり、古来より皇室との関わりが深い。『播磨國風土記』には「日本武尊」の生母「播磨稲日太郎姫」(はりまのいなびのおおいらつめ)の遺骸を「印南川」(いなみがわ、今の加古川)で失った「景行天皇」が「此の川の物を食はじ」と宣りたまったために、印南川のアユは御贄にされなくなったというエピソードもある。
 また「第1章 列島とアユ」の「三 アユの資源論」には、縄文時代の遺跡分布の偏りの一因として、その土地における川魚の漁獲量が考えられるのではないかって話がある。本書ではその概要と賛否両論を併記するに留めているが、地味ながら国の成り立ちにも関わるような興味深い話だった。

 あとアユがメインじゃないけど、若い頃によくアユ釣りに行ったというお爺さんから、こんな話を聞いたことがある。アユ釣りの帰りに一人で薄暗い林道を歩いていると、腰から下げた魚籠を何かがしきりにトントンと突く。魚籠のアユが跳ねたのかと思って確かめてみても、そんな様子はない。しばらく行くとまたトントンとくる。姿こそ見えないが、これはキツネの仕業である。そんな時は慌てずに魚籠の中のアユを一匹、その辺の茂みに放り込んでやると静かになるという。またあらかじめマッチをポケットに入れておくと、悪さをされないとも言っていた。キツネは燐を嫌うらしい。昔話みたいな話だけど、戦争が終わってすぐの頃の出来事である。
 というわけでとりとめがなくなってしまったが、まとめるとこの『アユと日本人』は楽しく読むことができた。図がたくさん載ってるのも良かった。アユ食べに行きたい。


 ※ 『播磨國風土記』(『日本古典文学大系〈2〉風土記』秋本吉郎校注 岩波書店 1958 所収 p.323)



『アユと日本人』
 丸善 1992 丸善ライブラリー 061
 著者:秋道智彌

 ISBN-13:978-4-6210-5061-3
 ISBN-10:4-6210-5061-3


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