幸田露伴『幻談』

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 幸田露伴『幻談』(『幻談・観画談 他三篇』岩波書店 1990 岩波文庫 所収)

 徳川もまだ末にならない頃の話。小普請入り(非役の武士)となった「旦那」は暇さえあれば老船頭「吉」の舟で魚釣りに出ている。気心の知れた二人のこと、焦って無闇に魚を獲ろうというのではなし、まったりムードの釣行である。その日はまるで釣果のないまま日暮れを迎えていた。諦めて江戸の方に向けて漕ぎ始めると、やがて蒼茫と薄暗い海面に奇妙なものが見えた。釣竿が一本、海面から不自然に突き出しているのだ。舟を寄せて竿の根元の方を見ると、なかなかの身なりの溺死体が水中で竿を握っている。よほど強く握り込んだまま死んだらしく、舟の上から引き上げようとしても竿を離そうとしない。船頭の吉によるとその竿は「野布袋」というかなりの逸品らしい。そこで仕方なく死体の指を折る事にしたのだが……。

 内容としては昨今の実話怪談と全く変わらない。全然違ってるのは語り口で、全編の半分以上が魚釣り関連のよもやま話で占められている。タイトルが「幻談」なので、いつその手の話が始まるのかと思って読んでいたのだが、全然始まらないのでなんだこれって思った。ところがその釣りの話が妙に面白いのである。こんな釣り方は下品だとか上品だとか、そんな話が続く。聞いたことのない単語がどんどん出てきて、それについてやんわりと解説が入る。この語り口がすごく上手い。
 そんな釣りトークを楽しんでいるうちに、いつの間にか「本題」に入っている。夕暮れの凪いだ海面に、木の葉のように浮かぶ小舟がありありと思い浮かぶ。発生する怪異は登場人物の罪悪感に根ざしたごく地味なものだが、リアリティがあって不気味だった。

 この作品は著者幸田露伴の最晩年の作である。幸田露伴というと『帝都物語』(1988)で加藤保憲相手に奮闘&撤退してるイメージがやたら強いが(あと明治村に家があるとか)、非常な趣味人で、この作品からも分かるようにとりわけ釣りが好きだったらしい。自分は魚介類の生態や、それを食べることについてはわりと興味があるのだけれど、残念ながら魚釣りに興味を持ったことがない。子供の頃釣り好きの親戚に半ば無理やり磯に連れて行かれた時も、ずっとカニを取ったり貝殻を拾ったりイソギンチャクを突ついていたクチだ。だからこの作品は釣り好きな人が読んだら、もっと楽しめるんじゃないかと思う。釣り好きで怪談好きの人なら尚更。



『幻談・観画談 他三篇』
 岩波書店 1990 岩波文庫
 著者:幸田露伴
 解説:川村二郎

 収録作品
 『幻談
 『観画談
 『骨董
 『魔法修行者
 『蘆声

 ISBN-13:978-4-0031-0128-5
 ISBN-10:4-0031-0128-6


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