山岸凉子『あやかしの館』

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 山岸凉子『あやかしの館』(『山岸凉子全集〈17〉ゆうれい談』角川書店 1986 あすかコミックス・スペシャル 所収)

『日出処の天子』(1981)と同時期に発表された、著者の心霊系の作品のうちの一本。『汐の声』などのハードな幽霊譚に比べると派手さ控えめ、トーン明るめながら、自分の身近にも起こりそうな恐怖表現が冴える好短編である。ストーリーはシンプルなホーンテッド・ハウスもので、霊能者や祈祷師が出てきて活躍するような展開はない。

 高校への進学を機に主人公が下宿をはじめた叔母の家は、問題の多い欠陥住宅だった。本格的な洋館を目指して建てられたというが、見るからに安っぽく、電気系統のトラブルも異常に多い。接着剤でくっ付けられたあちこちの取っ手が、ぽろっと外れたりする。
 叔母で家主の由布子さんというのがまた相当あれな人で、いけず後家の万年少女、主人公によると「躁鬱気質の躁病だけの人」「家一軒もつ資格たる大人の自立がない人」らしい。生活感に乏しく、異様に浮世離れしている。この人、一応イラストレーターってことになってるけど、明らかに都市伝説のなかの女性マンガ家像そのものだ。

 怪異は、ドアの開閉音、人の気配、這うような物音、耳元で聞こえる喘ぎ声など、これらが断続的に発生する。お手伝いさんは気付いているようだが、なにも語らない。気配や音といった地味な現象ではあるが、効果的な積み重ねと、登場人物のリアクションは絶妙で、きしむような違和感、不快感が、ページを繰るごとにどんどんつのっていく。
 そしてある夜、主人公は玄関のドアスコープ越しに、決定的なものを目撃する。直接の描写だけで4ページ、前後のリアクションも含めると6ページ以上にもわたって描かれるこのシークエンスは、中央にドアスコープを、その両側に主人公のモノローグを配した横に細長いコマの連続で表現され、その抜群の臨場感で本作の最大の見せ場となっている。

『呪怨』(1999)→『ほんとにあった! 呪いのビデオ』シリーズ(1999~)以降、最近ではすっかり停滞してしまった感のあるジャパニーズホラーだが、その表現に多大な影響を与えたのが「いかにして怖い幽霊を撮るか」という恐怖表現の方程式「小中理論」だといわれている。この「小中理論」の成り立ちについて『リング』(1998)の脚本家、高橋洋は「僕たちは僕たちなりに『回転』(61、ジャック・クレイトン監督)や『たたり』(63、ロバート・ワイズ監督)といった恐怖映画の古典や、山岸凉子さんの心霊マンガとかを参考に、ある種セオリー化していった」(※)と語っていて、恐怖表現における著者山岸凉子の先進性と、その立ち位置を窺い知ることができる。

 この本の巻末には『山岸凉子の幽霊譚』というインタビュー記事が収録されていて、それによるとこの作品の舞台「あやかしの館」は著者の家がモデルであり、「エピソードにでてくることは全部本当です」(p.235)とのこと。そして劇中で描かれた手摺のついた階段や、鬼門を避けるためにわざわざ改築したという玄関まわりの写真が掲載されている。……この作品、実話怪談だったのだ。


 ※高橋洋, 黒沢清, 鶴田法男による対談「[ホラー映画座談会] なにか、ヤバイものが写っている……」『ユリイカ 8月臨時増刊号 総特集 = 怪談[Kwaidan] 第30巻 第11号(通巻408号)』青土社 1998 p.214


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Posted byserpent sea

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