横溝正史『悪魔の設計図』

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serpent sea
 横溝正史『悪魔の設計図』(『悪魔の設計図』角川書店 1976 角川文庫 所収)

 前に実家の庭(←前の記事へのリンクです)のことを少し書いたけど、昔商売をやってたこともあって(自分が生まれるずっと前です)、今でも実家の庭には無駄にスペースが空いている。祭の季節になると、かつてはそこに舞台を作って、旅回りの一座を呼んだこともあったとか。公演中の座員たちは当時庭の一角にあった離れの二階に数日間寝起きして、毎晩ドンチャン騒ぎをしていたらしい。そんな一座の女役者にベタ惚れしたあげく、一座に無理やり加わって、家を出たきり二度と戻らなかった人がいる。自分の祖父の叔父にあたる人だ。子供の頃、法事やなんかで親戚のおっさんたちから、その人の話を聞くのがなぜか好きだった。家を出てそれっきり戻らない気分ってどんな感じなんだろうと思った。きっとものすごく寂しいけど、ものすごくスッキリするんじゃないかと。
 離れの一階には下働きの朝鮮の人が何人か住んでいて、大陸がキナ臭くなってくると皆生まれ故郷の半島へと帰って行ったという。祖母はおそらくそこから出征したのだろうと言ってた。その後、そこには「若い兵隊さん」たちが短期間駐屯していて、ちょくちょくイモを差し入れたとか、そんな話を聞いた覚えがある。離れの建物は今はもう跡形もなくて、かわりに適当に作ったような築山と、それを囲むように母が植えたよく分からない花が咲いている。

 長々と関係ないことを書いてしまったが、この作品もノスタルジックな雰囲気の芝居小屋の舞台の上から始まる。芝居の真っ最中、大勢の観客が見守る中で殺人事件が発生したのだ。被害者は一座の看板女役者「青柳珊瑚」……の代役の娘、彼女は珊瑚と誤認されて殺害されたものと考えられた。
 舞台は変わって東京。探偵「由利先生」と新聞記者「三津木俊介」のもとを訪れた老弁護士「黒川」によって、先だって舞台上で発生した殺人事件が単なる痴情犯罪ではなく、ある遺言状に起因する謀殺だった可能性が示唆される。遺言状には三人の異母姉妹が死亡していれば、前妻の連れ子「日比野柳三郎」がすべての財産を相続するという不穏な条項が記されており、その異母姉妹のうちの一人が件の一座の珊瑚なのだった。珊瑚はギリギリのところで難を逃れたものの、次々と異母姉妹たちが柳三郎に狙われたかのような事件が発生する。

 この作品は昭和13年、日中戦争の激化に伴って国家総動員法が施行された直後、大衆娯楽雑誌『富士』に発表されている。前に感想を書いた『夜光虫』(←前の記事へのリンクです)と同じ、由利・三津木コンビが探偵役をつとめるシリーズの一編だ。この作品もとても読みやすかった。和風情緒たっぷりのプロローグをはじめ、どことなく似た雰囲気の本作と『夜光虫』だが、サーカスのライオンや人面瘡や片輪の犯罪集団が出てこない分、本作は随分と落ち着いている。語り口は軽妙で、かなり酷い状態で遺棄された死体も出てくるけれど、それをじっくりじわじわ描写するような執拗さはない。また解説にもあるように、物語の中核となる「遺言状」は後に書かれる金田一耕助シリーズを髣髴とさせる。
 全体の印象としてはそんな感じなんだけど、この作品には非常にキュートなキャラが登場する。それは異母姉妹の一人、盲目の手品師「桑野千絵」の妹分で、千絵を「姐さん」と慕う少女「蔦代」だ。感情表現が豊かで、向こう気が強く、涙もろい(イメージとしては『新妹魔王の契約者』のマリアからサキュバス分を抜いた感じ)。後半はすっかりヒロイン状態で、少年探偵団の小林少年を凌駕する大活躍を見せる。大活躍すぎて、今回後手に回りがちな主人公の探偵コンビを尻目に、ほぼ事件を解決してしまっている。この䔍代のおかげで、作品全体の雰囲気が明るくなっているように思う。千絵とのコンビもいい。
 雑誌『富士』1938年6月増刊〜1938年7月号掲載。杉本一文による角川文庫のカバーイラストはシリーズ屈指のかっこよさ。


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serpent sea
Posted byserpent sea

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本が好き!運営担当  
No title

>serpent sea 様
ご覧になっていただき誠にありがとうございます。
書評を書いていただく以外にも、オンライン読書会「ホンノワ」など次に読む本を見つけるのにも便利コミュニティサイトになっております。

どうぞお気軽にご活用くださいませ。

どうぞよろしくお願いいたします。

2015/11/16 (Mon) 16:49 | EDIT | REPLY |   
serpent sea  
Re: No title

>>和氣さん

コメントありがとうございます!
サイト拝見させていただきました。大変興味深かったです。
現在多忙のためすぐに参加することは難しいですが、ブログとの記事の共用もOKとのこと。
余裕ができましたら参加させていただきますので、その折りにはぜひよろしくお願いします。
ありがとうございました。

2015/11/13 (Fri) 21:32 | EDIT | REPLY |   
本が好き!運営担当  
No title

突然のコメント、失礼いたします。
書評コミュニティサイト「本が好き!」を運営しております、和氣と申します。

今回書評を拝読し、ぜひ本が好き!にも書評を投稿していただきたいと思いコメントいたしました。

本が好き!では、書評をサイトに投稿していただくと本がもらえる、献本サービスを行なっております。

献本は審査を通過した方のみ申し込み可能となりますが、
今回は会員登録後ご連絡いただければ、すぐに献本申し込みできるようにしたいと思います。

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よろしければ一度サイトをご覧いただけますと幸いです。

不明な点などありましたらお気軽にご連絡ください。(info@honzuki.jp)
よろしくお願いいたします。

2015/11/12 (Thu) 15:41 | EDIT | REPLY |   

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