小松左京『秋の女』

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 小松左京『秋の女』(『ハイネックの女』徳間書店 1983 徳間文庫 所収)

 四十がらみの主人公が山口から下関周辺を巡り、かつての乳母を訪ねる一人旅の途上、四人の女性(乳母、人妻、シスター、庵主さん)と再会したり知り合ったりする。だだそれだけの話。一つ怪異が生じているが、夢のように曖昧模糊として現実感はない。

 ごく静かな本作、それじゃ何が書かれているのかというと、主人公が行く先々で目にする町並みや建造物などの風景の数々と、その歴史的な背景が中心で、紀行文みたいな感じだ。ときに主人公の視線は湯呑み茶碗のような小物にまで愛しげに注がれている。冒頭で主人公は、中原中也の出身地として知られる湯田温泉の古い旅館の縁側で、手にした萩焼の茶碗から乳母の「お咲さん」を連想する。焼き物を見て彼女を訪ねることを思い立ったのだ。
 萩焼というと、この手のアイテムには興味の無い自分でも、名前くらいは聞いたことがある有名な陶器だ。確か2時間サスペンス (「小京都ミステリー」だったかな) に出てきた覚えがある。素朴な形状のいかにも使い勝手の良さそうな器で、ピンクと薄黄色と乳白色と、ときに淡い紫色に発色した釉薬が、薄曇りの日の夕焼けみたいに綺麗なグラデーションを描いている。もっと全然違った色合いのものもあるのかもしれないが、萩焼のイメージはこの色。なるほど乳母かーって感じの、地味ながら優しい色合いだと思う。

 主人公が乳母を訪ねて赴いた山口県の下関は、怪談ファンでなくてもお馴染み八雲の『耳なし芳一』の舞台となった赤間神宮がある街だ。そこには壇ノ浦で亡くなった幼い安徳天皇が祀られている。平家一門を祀った塚もある。これらのことを背景に生じる劇中の怪異は、短いながら抜群の雰囲気で、和風ホラーのファンにはきっと楽しめることと思う。また湯田温泉を発った主人公が、亀山公園のザビエル記念公園でメインヒロインの「宇治夫人」と出会ったあたりから、実はうすーく広範囲に生じた異界に足を踏み入れていたのではないか、なんて気もしてくる。もちろんその中心は赤間神宮だ。
 宇治夫人は非常に美しく謎めいたキャラクターで、彼女の中にはお嬢様育ちで世間知らずなキュートさと、人を圧するような異様な迫力が共存している。そして彼女には常人とは異なった何か不思議な力があるらしい。

 物語は談笑する四人の女性と、その様子を少し離れて鑑賞する主人公というシーンで終わる。タイトルの「秋」は劇中の季節が秋ってこともあるけど、美しい風景の中に佇んでNPCのように主人公を誘導する四人の女性の、それぞれが迎えた人生の「秋」の季節を指している。面白いのは主人公が彼女たちを草木に例えているところで、子福者の乳母はたわわに実をつけた晩秋の柿の木、宇治夫人は馥郁と香る大輪、中輪の黄菊白菊、シスターはすがすがしい緑を湛えた常緑樹、そして庵主さんは優しさの中に深みを湛えた楓の紅葉……って感じ。それぞれに中年を過ぎ、異なった形の「人生の秋」を迎えた女性たちの姿が鮮やかに描き出されている。
 風景や建物や小さな器や女性たちのイメージが次々に移り変わり、歴史的な背景と渾然となって、少しだけ不思議なストーリーを静かに紡いでいく。美しく味わい深い作品だった。

「過去はどうあろうとも、それぞれに、あたたかく、やさしく、しずかで、充実した「秋」をみのらせれば、それは女性としても、人としても、めでたい事ではあるまいか?」(p.173)


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Posted byserpent sea

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