横溝正史『夜光虫』

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 横溝正史『夜光虫』角川書店 1975 角川文庫

 両国の川開き、花火見物に夥しい見物船が賑わうなか、妙にひっそりとした一艘の屋形船があった。船の葦簾のなかには乳母を従え、人形のように綺麗な少女が物憂げに座っている。少女の名は「琴絵」。17、8歳に見える。耳は聞こえるが話すことができない。花火を見上げる顔に驚嘆の表情が浮かぶときも、少女は嘆声ひとつ漏らさない。船頭たちも気を使って、必要以外のことは口を利かない。そんな陰気な船に突然飛び込んできたのは、まだ年若い少年だった。青白い花火の光を受けた姿が、ぞっとするほど美しい。少年の名は「白魚鱗次郎」。そのはだけた白い肩には、凄まじい形相をした肉塊、人面瘡が盛り上がっている。琴絵はその奇怪さに慄きながらも、彼を見た瞬間に恋に落ちた。人面瘡に呪われた美少年と、人形のように可憐な啞の少女とのボーイ・ミーツ・ガールである。

 この作品は戦前の東京を舞台に、少年の人面瘡の秘密を巡って暗躍する片輪者の集団と、それを追う白髪の探偵「由利麟太郎」、妖艶な女性歌手、サーカスの人食いライオン、ゴリラ男などなど、いかがわしいキャラが入り乱れる楽しいジュブナイルだ。人面瘡目当てに読むと少々肩透かしを食うが、妖しく美しい雰囲気満点の冒頭の川開きのシーンをはじめ、印象的な場面も多い。舞台は仮面舞踏会、サーカス、時計塔、座敷牢といった、江戸川乱歩の作品を彷彿とさせる品揃え。解説でも乱歩の影響について触れられているが、本作の舞台設定や小物やキャラクター造形は強力なフックであり、乱歩の作品の「人間の体内の匂い嗅いじゃった」的な濃厚な変態っぽさと比べると、もっと健全でスタイリッシュな感じがする。タイトルの「夜光虫」は不気味なキャラがうごめく深い闇のなかで、燐光を放つように美しい主人公、鱗次郎を指している。

 実はこの作品を初めて読んだのは結構最近のことで、ただ角川ホラー文庫から出てた高階良子によるコミカライズ『血まみれ観音』は読んでいたので、だいたいあんな感じの内容だろうとなーと思っていたのだが、主人公の性別などかなり異なるところがあった。『血まみれ観音』には少女マンガ的にちょっと、って感じの見るからに異形なキャラも出てこないし。
 あと劇中、ライトノベルなら可愛い挿絵がついて人気キャラになりそうな琴絵の髪型が「結綿の頭も重たげに」と表現されている。どんな髪型なのかさっぱり分からなかったので、ここはGoogleのお世話になった。「結綿(ゆいわた)」は時代劇でおなじみの「島田髷」の一種で、島田髷に鹿の子絞りの「懸綿(かけわた/帯状の飾り)」を掛け、飾り櫛などで飾った少女らしい髪型とのこと。……そんな感じで、あまり見かけない単語こそ頻出するが、とても戦前の作品とは思えないほど読みやすい作品だった。
 雑誌『日の出』1936年11月号〜1937年6月号掲載。


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