横溝正史『生ける死仮面』

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 横溝正史『生ける死仮面』(『首』角川書店 1976 角川文庫 金田一耕助ファイル11 所収)

 路上に漂う悪臭に気付いた巡査がとある家屋を覗いてみると、そこにはデスマスクを手に激しく嗚咽する男の姿があった。その傍らのベッドの上にはグズグスに崩れた腐乱死体。その場で逮捕された男の名は小川小六、彫刻家である。なにかにつけて評判の悪い男で、男色家らしい。腐乱死体は小川が連れ込んだ浮浪児だというが、死体の状態の悪さも手伝って身元は分からない。当初警察は痴情のもつれから小川が少年を殺害したものと考えたが、その死因は意外にも病死であった。すると小川は不慮の死を遂げた恋人を手放すことができず、その美しい顔をデスマスクに写し、崩れていく肉体をなおも愛撫し続けていたのだろうか。いささか猟奇的ではあるが、これは単なる死体損壊事件に過ぎないのかもしれない。そう警察が考えはじめたとき、デスマスクの人物と死体を同一人物だと判断するのは早計では、という金田一耕助の助言によって改めて綿密な捜査が開始される。

 主要な登場人物がみんな多かれ少なかれ嘘をついてるので、どうにも怪しい死体があるにも関わらず、情痴事件? 死体損壊事件? 財産目当ての殺人? それとも単なる自作自演? ……といった調子で、事件の概要がいつまで経ってもはっきりしない。容疑者もコロコロ変わる。今回金田一耕助はオブザーバー的な立ち位置に徹していて、捜査が行き詰まりそうになるごとに、それとなーく捜査方針を修正していく。その助言はいちいち明解で、等々力警部と一緒になって、はっとさせられることも度々だった。

 肝心?の猟奇的な描写は作品の最初の方に集中している。いつもながらリアリティと幻想味が絶妙にミックスされた素晴らしい雰囲気だった。特徴的なのは執拗に繰り返される「臭気」の描写で、前に感想を書いた『睡れる花嫁』(←前の記事へのリンクです)でも感じたことだけど、著者には死臭になにか執着でもあるのだろうか。それでちょっと思い出したのだが、以前高速道路で黄色い車に乗って作業してる人から、死体の臭いについて聞いたことがある。彼らはともすれば警察や消防の緊急車輌よりも速く事故現場に駆けつけて、ときに事故発生直後の凄惨な状況を目の当たりにする。彼が言うには、雨の夜の極めて視界が悪いなかでも、車から降りた途端に状況が「分かってしまう」ヤバい事故があるらしい。派手に損壊した人体は、とにかく臭うのだそうだ。もちろん事故直後だから腐臭というわけではない。血の臭いでもないという。それは大量の脂肪が発する甘ったるい臭いに、微妙に酸味が混ざったような独特な臭気らしい。……実は彼は事故や遺体の状況をこと細かく話してくれたのだが、彼が相当に盛っていたとしてもベースは実際にあった事故の話だと思うし、グロ注意なので割愛します。あと高速道路上の事故はプロの目から見てもなんでこんなとこで?? ってところで発生することも多いらしいので、高速で運転される人はまじで要注意です。……とにかく聞いたあと、しばらくイメージがチラついて離れないキツい話だった。著者にも何らかのかたちで、死臭に強いインパクトを受けた経験があったのかも知れない。

 ……話が逸れてしまったが、作品の文章は会話主体で読みやすく、とても分かりやすいので、猟奇的なパートと時代がかった表現をクリアできれば、中学生くらいなら充分楽しめると思う。それにしても推理小説と男色ネタって親和性が高いのか、そんなに数は読んでないはずなのにしばしば見かける。偏ったところばかり摘んでるのだろうか。わりと近似したジャンルの怪奇小説ではそうでもないのも不思議。



『首』(旧題『花園の悪魔』)
 角川書店 1976 角川文庫 金田一耕助ファイル11
 著者:横溝正史

 収録作品
 「生ける死仮面
 「花園の悪魔
 「蝋美人」
 「首」

 ISBN-13:978-4-0413-0443-3
 ISBN-10:4-0413-0443-1


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Posted byserpent sea

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