M・R・ジェイムズ『ポインター氏の日録』

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 M・R・ジェイムズ(Montague Rhodes James)著, 平井呈一訳『ポインター氏の日録』("The Diary of Mr.Poynter" ブラックウッド他著, 平井呈一訳『怪奇小説傑作集〈1〉』東京創元社 1969 創元推理文庫 所収)

 たまに古書店で個人の日記帳が売られていることがある。有名人でもなんでもない個人の日記。ためしに中身を覗いてみると、本当にただの日記らしい日記で、達筆すぎて読めそうにないのも多い。野坂昭如はこういった他人の日記を収集していたらしい。作品のネタにしてたのかもしれない。ごくまれに面白い日記があって、日記っぽい記載はほんの少しで、見に行った映画のチケットやチラシ、電車のキップや、展覧会のチケットやリーフレットなどがぎっしり添付されている。江戸川乱歩の『貼雑年譜』みたいな感じだ。なるほどこれなら結構資料的価値も高いし、色々な紙ものを集めてる人にとってはお宝アイテムかもしれない。

 この作品の主人公がロンドンの古本市で競り落としたのは、どちらかというと『貼雑年譜』風の、しかも「ポインター」という著名な考古学者の日記だった。日記には日々の出来事や専門的な記述のほか、一枚の布地が添付されていた。布地にはうねる髪の毛のような縞模様が染め抜かれている。主人公と同居している叔母がことのほかその柄を気に入ったため、模様を複製してカーテンを仕立てることになった。というのもちょうど主人公は、叔母と暮すための家を新築している最中だったのだ。
 複製を依頼した職人が苦心惨憺の末、染めあげたカーテンは素晴らしい仕上がりだった。ところが主人公はそのカーテンの下がった部屋で読書をしているうちに、なんとも落ち着かない気分になった。カーテンの方から誰かが覗いているような視線を感じるのだ。翌日も同じように読書をしていた主人公は、椅子の肘掛けからふと下ろした指先になにかの毛に触れたような、妙な触感を感じた。変だなと思って、腕の下を覗いてみると……。

 解説によると著者はイートン校の学長やケンブリッジ大学の副総長を歴任した碩学で、古文書学者である。小説は趣味で執筆していたらしい。作品の主要なモチーフは自分の専門分野から選ばれていて、それにまつわる因縁譚が多い。著者の作品は冒頭にモチーフについての蘊蓄が書かれていることが多くて、最初のうちはかなり地味でスローペースなように感じられる。ところがクライマックスには、それまでのまったりムードからは想像し難い、異様にインパクトの強い場面が用意されている。驚かされたり、ときにはかっこいい! なんて感じることもある。もちろんこの作品にもそんな著者の作風が顕著に表れている。ラストの得体のしれない何者かの一連の描写は、ジャパニーズホラーの心霊の表現にも通じる不気味さで、そのイメージはまるで一枚絵のように強く印象に残る。

 ところで最初に書いた『貼雑年譜』風の日記帳だが、面白いなとは思っても、自分はまだ買ったことがない。これまで見かけた日記の筆者の趣味が、自分の趣味とはまるで合わなかったというのが大きな理由だ(値段はびっくりするほど安いことが多い)。もしも趣味がドンピシャな日記帳を見つけたら、色々迷った末に買ってしまうのではないかと思う。そのときはきっとこの作品を思い出すに違いない。


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