堀田吉雄, 水谷新左衛門『蛤の話』

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 堀田吉雄, 水谷新左衛門共著『蛤の話』光出版 1990

 先日、ハマグリと蜃気楼について書いたが、本書には生物学、民族学、書誌学など様々な分野の資料からピックアップされた古今のハマグリに関する蘊蓄がぎっしりと詰まっている。タイトルに偽り無しのハマグリオンリー本で、ハマグリの工芸品やハマグリ料理のレシピまで載っている。詩歌をはじめ説話集や類書からの引用も数多く、ハマグリのエンサイクロペディアって感じ。ただ全体の基調低音、というかノリは女性器とハマグリの単純なアナロジーに基づいたちょいエロ風味。とくに前半、「Ⅰ蛤の話」の「第一章」〜「第四章」にそのトーンは強い。「蛤は吸うばかりだと母訓え」「蛤の出るまでまくる潮干狩」「芳町へ蛤が来て汐を吹き」などの詩歌が次々に引用され、おもしろいことはおもしろいのだが、まるでよっぱらいのトークをシラフで聞いているような、微妙な気分になった。昔話の「蛤女房」もここぞとばかりに取り上げられている。有名な話だけど、簡単にあらすじを書いておくと↓

「ある漁師の妻はとにかく料理がうまかった。とくにダシのよくきいた味噌汁は絶品。ところが妻は料理しているところを絶対に漁師に見せようとしない。あるとき不思議に思った漁師が料理する妻の様子を覗いてみると、妻は鍋の上に跨がって放尿をしていた。覗かれたと気付いた妻は正体を現わした。それはかつて漁師が逃がしてやった大蛤であった。」
「鶴女房」をシモに振ったような異類婚姻譚だが、「漁師が覗いてみると、妻はハマグリに戻って鍋に浸り、自分の体でダシをとっていた」って感じの、もうちょっとマイルドかつ捨て身なバリエーションもある。

 肝心のハマグリと蜃気楼については「蜃気楼のこと」という章が設けられていて、それ以外の章でも度々言及されている。先日の『魚の風物誌』(←前の記事へのリンクです)の記述についても触れられていて、蜃気楼との関連については目新しいところはなかったが、ハマグリの移動に関して多少追加情報があった。曰く「蛤は足であるくのではない。うすい粘液を帯状に吐いて、それをパラシュートのように広げ、その幕に乗って一夜に三里も移動するという。そうして好みの塩分の所に行き当たるとパラシュートを切り放し、そこの砂にもぐり込む。/このパラシュートを伊曽島ではヨドといっていた。」(p.80)
 件の粘液には「ヨド」という俗称があったのだ。語源は分からないが、水が「淀む」の「ヨド」だろうか。「伊曽島」というのは島嶼の名称ではなく、三重県桑名市の地名で、引用した話はそこの組合長から聞き取ったものだそうだ。またハマグリの移動が塩分の濃度によって行われるという記述も興味深い。

 本書の著者はともに三重県の桑名市在住の書誌学者、民族学者。「その手は食わなの焼ハマグリ」の桑名市である。蜃気楼と言えば富山県の魚津市沖が有名だが、桑名市の近くの鈴鹿市の沖でもかつては頻繁に蜃気楼が観察されていて、魚津、厳島と並ぶ蜃気楼の三大名所の一つに数えられていたらしい。
 という感じでハマグリ尽くしの本書は、ハマグリ好きには迷わずお薦めできる一冊。内容は未確認だが、1991年には増補版が刊行されている。


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Posted byserpent sea

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