末広恭雄『魚の風物誌』

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 末広恭雄『魚の風物誌』雷鳥社 1971

 鳥山石燕の『今昔百鬼拾遺』のなかに「蜃気楼」という絵がある。波打ち際のでっかいハマグリの口から、ポワーンとフキダシのような気体が広がって、そのなかにおぼろげな風景が見える。どうやら山水を背景にした中国の建物のようだ。説明書きにはこうある。「史記の天官書にいはく、「海旁蜃気は楼台に象る」と云々。蜃とは大蛤なり。海上に気をふきて、楼閣城市のかたちをなす。これを蜃気楼と名づく。又海市とも云。」(※)
 ハマグリと蜃気楼の関係についてはじめて知ったのは、タイトルは忘れてしまったが澁澤龍彦のエッセイだったと思う。秦の始皇帝と徐福のことがメインで書かれていて、最後のあたりで少しだけハマグリが出てくる。当時は徐福のことに興味があったので、なんでハマグリ?? って感じだったのだけど、考えてみればめっちゃ不思議だ。アサリでもサザエでも、いや別に貝じゃなくてもよさそうなものなのに、なんでハマグリ??

 本書には魚類学者の立場から、なんでハマグリ?? に対する一つの答えが提示されている。最初にこれを読んだときには、多分これ当ってるんじゃないかと思った。
 貝が移動するシーンを思い浮かべるとき、イメージするのは決まって巻貝だ。水槽にエリンギの傘みたいな足? をぺたっとくっつけて、じりじりと移動していく。水族館や鮮魚店の店頭で見かける光景だ。ニンニク風味のアサリの酒蒸しが大好物な自分でも、この場合まず二枚貝はイメージしない。んじゃ二枚貝は自発的に移動しないかっていうと、そんなことは全然なくて、とくにハマグリはかなり風変わりな方法で移動するらしい↓

 ここからが本書の内容。
 何らかの事情でハマグリに移動する必要が生じたとする。するとハマグリは二枚の貝殻のあいだから、粘液を大量に放出しはじめる。粘液は帯状に長く伸びて海流に乗り、別の場所へとハマグリ本体を運ぶのだそうだ。海流を風のように帆(粘液の帯)に受けて走る、水中のヨットみたいな感じだ。この方法でハマグリは1分間に1メートル以上も移動するらしい。そんなハマグリの粘液放出を見た誰かが、蜃気楼と関連づけた(こじつけた)のではないか、というのが本書の著者の見解。まあ一匹二匹なら、なんだこれ? って感じる程度かもしれないが、現在よりもずっと沢山のハマグリが生息していた浜辺で、それらが一斉に透明な帯を吐き出したりしてた日には、何らかの怪異と関連づけて考えてしまうのも無理からぬことのように思われる。さぞかしすごい光景だろう。

 本書は青少年向けの真面目な科学エッセイ集だが、上記の「ハマグリ奇談」のほかにも、「竜蛇の話」「魚学的にみた童謡」「海の怪・魚の不思議」といった興味を引かれるタイトルが収録されている。実は本書の目玉は「魚と大地震」で、帯にも「大地震と魚の関係記録は著者が年月をかけて克明に集めたものでぜひ一読をお薦めしたい」なんて書いてあるのだけど、やっぱり怪奇っぽい話に惹かれてしまう。著者が実際に体験した、海中から飛び出した赤い火の玉の話(「海の怪・魚の不思議」)などはとてもおもしろかった。まるでUSOだ。その正体は今もって謎で、船上から著者と一緒にそれを目撃したある博士も首を傾げていたという。


 ※. 鳥山石燕『今昔百鬼拾遺 上之巻 雲 蜃気楼』(稲田篤信, 田中直日編, 田中衛監修『図画百鬼夜行』国書刊行会 1992 所収 p.188-189)


  鳥山石燕『画図百鬼夜行』国書刊行会 1992


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