A・ブラックウッド『メディシン湖の狼』

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 アルジャノン・ブラックウッド(Algernon Blackwood)『メディシン湖の狼』("Running Wolf" 岡達子編訳『イギリス怪奇幻想集』社会思想社 1993 現代教養文庫 1623 所収)

 知人から絶好の釣りスポットを教えられた主人公のハイドは、休暇を利用してカナダの広大な森林地帯に向かった。目的地はメディシン湖。「野営地は東側に選びたまえ」という知人の忠告に従って、キャンプを湖の東岸に設けたが、どう見ても魚影は西岸に濃い。そこで翌日は西岸で釣糸を垂れることにした。快調に釣果をあげるハイドだったが、森のどこからか一対の目が自分を見据えているような、異様な感覚にとらわれていた。周囲には自分の他は誰一人としていないはずだ。野生の動物だろうか。
 夜、漠然とした不安を抱いたまま寝支度を整えたハイドは、昼間の視線を再び感じることになった。ふと見ると暗闇の奥に緑色に光る二つの目がある。ハイドが投げつけた薪の火花のなかに浮かびあがったのは、巨大な森林オオカミの姿だった。このオオカミ、人によく懐いているのか、火も怖れず攻撃的な仕草も見せない。最初警戒していたハイドも次第にその存在に慣れ、オオカミとの距離を縮めていく。そしてある日、ハイドはオオカミに導かれるように森の奥へと踏み入った。オオカミの向かった先は、遠い昔インディアンが儀式を執り行ったとされる土地であった。

 オオカミはインディアンにとって神聖で神秘的な生き物と見なされてきた。その生態がインディアンの部族の運営や狩りのスタイルの手本になったとも言われている。オオカミに関する伝説や俗信、そこらから派生した習慣は数多い。オオカミの身体はどの部位をとっても強力な呪具になったし、この作品で言及されるインディアン部族のように、オオカミ殺しをタブーとする部族もあった。著者は一時期カナダで牧場を経営してたらしいから、直接インディアンと触れ合い、その俗信や習慣を見聞きしたのかもしれない。わが国においても、オオカミは山と関係の深い人々のあいだで、古くから信仰の対象とされてきた。その有り様はインディアンのそれに通じるものがある。ニホンオオカミは前世紀のはじめに絶滅したとされていて、現在は剥製と骨格標本が残ってるだけという非常に残念なことになっているが、今でもまれに目撃情報が伝えられることがあるし、関連の書籍をめくれば往年の活躍をほんの少し窺い知ることもできる。現存しているニホンオオカミには、もうこの先二度と見つからなくていいから、人の目に触れない山奥でひっそりと、末永く暮していって欲しいと思う。

 話は逸れてしまったが、この作品、最初のうちは同じようにカナダの森林地帯を舞台にした『ウェンディゴ』と似ているなって印象だったんだけど、読み終わってみると全然違ってた。どちらかというと魔術や呪いをテーマにした『いにしえの魔術』と同系統のオカルティックな作品だった。主人公と謎のオオカミの交流を描いた結構ハートフルなストーリーなので、ハードな怪奇小説を期待していると少々拍子抜けしてしまうかもしれない。とはいえ秘境に分け入った主人公の心情は終始丁寧に書き込まれていて、それが作品の大きな魅力になっている。自然のなかで感じられる開放感は、孤独感のプラスの転化である。反面ちょっとマイナスに振れるだけで、すぐさま身動きができなくなるほどの恐怖へと転化する。主人公のように自分が何ものかの攻撃に身をさらしているという可能性が、ほんの僅かでも生じたとしたら尚更だ。本作ではその転化を「移行」と表現し、そんな状況にある精神の移ろいを丹念に描写している。


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