森由岐子『私は地獄の島を見た』

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 森由岐子『私は地獄の島を見た 顔のくずれる女たち』ひばり書房 1988 ヒット・コミックス 206 怪談シリーズ

 精神病院に収容された老人の「私がまだ十六才だということを、誰も信じてくれない……そして私が恐しい地獄の島にいたということも……」というモノローグから物語は始まる。

 一年前、セーリングを満喫していた主人公の「ヨッコ」とボーイフレンドの「久人」は、突然発生した暴風雨に巻き込まれ海に投げ出されてしまう。漂着したのは見知らぬ孤島の浜辺。島の洞窟で一夜を過ごした二人だったが、目覚めたヨッコがそこに見たのは全裸で横たわる久人の姿だった。なぜ彼はそんなあられもない恰好で眠っていたのだろうか……。
 その出来事を頬を赤らめてスルーした二人は、島内探険に出発する。少し歩いたところでチチェンイツァっぽい遺跡を発見。同時にそこに住んでるらしき美しい女を目撃する。実はこの島ではマッドサイエンティストが自分の娘たちに、淡水産単細胞の線藻クラミドモナス、フィコエリトリン、マントシアンエリトリンなどを投与して、寿命を3倍に延ばす実験を行っていたのだった。実験は成功したかに見えた。しかしその副作用のためか、娘たちの肉体は醜く崩れはじめていた。顔の崩れた娘「エリカ」と、その妹で顔以外が崩れた「あかり」、主人公で少々影の薄いヨッコが、久人を巡って三つ巴のバトルを展開する。

 怪奇マンガの殿堂、ひばり書房のプリンセス森由岐子による(クイーン→さがみゆき、プリンセス→森由岐子ってイメージ)孤島もの。その微妙に不安定な絵柄や、突飛なシチュ、セリフ回しなどでネタっぽく取り上げられがちな著者の作品だが、個人的にはネタっぽくなく好きな作品が多い。著者の作品の顕著な特徴をあげるとするなら、まず大映ドラマのような大仰な人間ドラマへの偏好だ。この作品でも著者は、H・G・ウエルズの『モロー博士の島』をベースにしながらも、文明論などのややこしい話には当然ちらっとも触れず、異形と化した姉妹と主人公の愛憎劇をメインに据えている。驚くほど主体性のない男性キャラは常に受け身で右往左往し、嫉妬に駆られたヒロインたちは生死をかけた男性キャラ争奪戦に身を投じていく。それからもう一つ、まだ性的に目覚めきらない読者のハートを、微妙なタッチで刺激するシチュエーションの数々が、あからさまに(ときにひっそりと)作中に挿入されているのも特徴と言えるかもしれない。本作でも全裸で眠る久人の姿が何の前振りもなく見開きでドーンと描かれるのをはじめ、顔の崩れた女が全裸の久人を貪るように撫で回したり、崩れた体をひた隠しにする女が衣服を無理矢理剥ぎ取られたりと、印象的なシーンが多い。

 作画についても少し触れておくと、確かに頼りなげなところもあるし、キャラの表情のバリエーションは少ない。しかしスクリーントーンを一切使わずに、白と黒だけで構成された世界(白7、黒3くらいの割合)は、しばしば強烈にかっこよく見える。主人公たちの遭難シーンの、髪の毛のように黒くうねる海面の描写などをみても、決して表現力が乏しいわけではない。まさにホラーマンガにぴったりの嫌な海だ。そして大仰なセリフの勢いに急制動をかけるキャラの表情の乏しさは、以前感想を書いた『魔怪わらべの唄』のような異様な世界観の構築に一役も二役も買っている。本作ではセリフと表情の違和感は少なめだが、それでもその片鱗をかいま見ることはできる。著者の作品のなかでは、かなり安定感のある作品。



『私は地獄の島を見た 顔のくずれる女たち』
 ひばり書房 1988 ヒット・コミックス 206 怪談シリーズ
 著者:森由岐子

 ISBN-13:978-4-8280-1206-3
 ISBN-10:4-8280-1206-0


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