『今昔物語集 巻第二十九 本朝 付悪行』より「第三十九」「第四十」そこのヘビ、なにやってんの! って話

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『今昔物語集 巻第二十九 本朝 付悪行 蛇見女陰発欲出穴當刀死語 第三十九』
『今昔物語集 巻第二十九 本朝 付悪行 蛇見僧昼寝マラ(※1)呑受婬死語 第四十』(山田孝雄, 山田忠雄, 山田秀雄, 山田俊雄校注『日本古典文学大系〈26〉今昔物語集 五』岩波書店 1963 所収)

 いるに違いない海のUMAランキング1位がメガロドンだとすると、陸のランキング1位のUMAはどれだろう。メジャーさなら雪男やサスカッチあたりの獣人系UMAだろうけど、「いるに違いない」というとヘビ関連の誰かではないかと思う。でっかいヘビの目撃情報は世界各地にあるし、日本にも小さめだけど異形感たっぷりのツチノコがいる(でかいヘビの目撃例もある)。紀元前のローマ vs カルタゴの最中に現れた、剥いだ皮が120フィート(約37メートル)のヘビなんてのはちょっと難しいとしても、映画の『アナコンダ』(1997)に出てきたくらい(15メートル前後?)のヘビはきっといるに違いないと思う。

 神話や伝説のなかにも数多くのヘビが登場する。ユダヤ教やキリスト教ではイヴを誘惑したヘビを筆頭に、もっぱら邪悪なものとして描写されているが、古代ギリシャやエジプトにおいては信仰の対象であった。中国では卜占の対象となることも多かったようだが、『捜神記』などの説話集のなかには子供を食べる大蛇や、ツノの生えたヘビの話を散見することができる。
 わが国の信仰や俗信にもヘビは古来より深い関わりを持っている。人に害をなす怪物のように描かれていることもあれば、『神様はじめました』の瑞希のような神使だったり、神そのものの変化だったりすることもある。人との婚姻譚も多い。『今昔物語集』のなかにも大小、善悪さまざまなヘビが登場するが、下記の二つのエピソードに出てくるヘビは少々まぬけで……。

 下の「続きを読む」より、「野ションしてる女性の性器に欲情して穴から飛び出したヘビが、刀に裂かれて死ぬ話」「昼寝してるお坊さんの性器にかぶりついたヘビが、精液を飲んで死ぬ話」の2編についてごちゃごちゃ書いてます。

 ※1.「摩羅/魔羅」男性器。もとのタイトルの文字は「門構えに牛」。


『蛇、女陰(※2)を見て欲を起こし穴より出て刀に当って死にたる語 第三十九』

 今は昔、とある若い女がいた。夏のころである。近衛の大路を西へ、小一条と呼ばれていた宗像神社の、その北側の通りを歩いていると、急に尿意を催して我慢できなくなってしまった。そこで宗像神社の土塀に向かうと、南向きにしゃがみ込んで放尿をはじめたのだった。お供をしていた女の子は大路に立って「そろそろおしっこ終わって、立ちあがるかな」と思って待っていたのだが、辰の時刻(※3)から一時(※4)経っても立ちあがらない。「どうかしたのかしら」と思って、女の子が「もしもし」と声をかけても、女は何も言わずにただ同じ姿勢でしゃがんだままである。そのうち二時ばかりが過ぎて、とうとう正午になってしまった。女の子は何度も声をかけてはみたものの、なんの返答もないために、幼い身になすすべもなく、ただ突っ立って泣くばかりである。

 ちょうどそのとき馬に乗った男が、従者を大勢引き連れて通りかかった。泣いている女の子を見て「あれはなにを泣いているのか」と従者に尋ねさせれば、「かくかくしかじかでございます」とのことなので、男が見てみると、確かに腰に帯を巻き、市女笠をかぶった女が土塀に向かってうずくまっている。「この女はいつからこうしているのか」と尋ねれば、女の子は「今朝よりこうしていらっしゃいます。かれこれもう二時にもなります」と言って泣く。男が不思議に思って馬を下り、近づいて女の顔を覗き見ると、その顔からは血の気が失せ、まるで死人のようなありさま。「これはどうしたことだ、病にでもかかったか、これまでにもこんなことがあったのか」と尋ねても、女はなにも言わない。かわりに女の子が「これまでこんなことは一度もなかったです」と答えた。男の見たところ、女はまったくの下衆の生まれではなさそうで、不憫に思って立たせようと引いてみても、ぴくりとも動かない。

 男がふと女の向かいの土塀を見やると、土塀に開いた穴から、大きな蛇が頭を少し引っ込めて、女の方を凝視している。「さてはこの蛇が小便する女の股間に欲情して、意識を奪った(※5)から立てなくなったのだな」と心得て、腰の剣を抜くと蛇の穴の入り口に、刃を穴の奥に向けて深く突き立てた。
 そうしておいて従者たちに女を抱え上げさせて、そこから退かせた。するとその途端、蛇が土塀の穴から鉾を突くような勢いで飛び出し、刃に当って二つに裂けた。一尺(※6)ばかりも裂けたものだから、蛇はそのまま死んでしまった。女を凝視して意識を奪っていたのに、それが急に退いたのを見て、刀が立っていることも知らずに飛び出したのだった。このように蛇の執念は奇怪で怖ろしいものである。道行く人々が集まって見物にきたのも当然のことだった。
 男は馬に乗って去り、刀は従者が片付けた。そして女の体調を気遣い、従者をつけて送らせたのだった。女は病人のように手を取られ、どうにか歩いて帰った。男はとても情に厚い人物だった。たがいに見ず知らずの間柄とはいえ、慈悲の心があればこその出来事である。その後のことは分からない。
 この話を聞いた女は、さような薮に向かって、さようなことをしてはならない。
 これはこの出来事を見た人たちの話を聞き継いで、こうして語り伝えられている。


 ※2.「つび」女性器。
 ※3. 午前7時から9時のあいだの2時間。
 ※4.「一時」は今の2時間くらい。完全に足痺れてるな。
 ※5. 原文は「蕩カシタレバ」(とろかしたれば)。とろんとして心神喪失してる感じだと思う。
 ※6. 約30センチ。

 アレキサンダー大王の母オリュンピアスが、ヘビと交わる夢を見て彼を孕んだなんて話があるように、男性器の象徴としてのヘビは東西の様々な時代に見出すことができる。形状の類似からというシンプルな発想だ。『今昔物語集』にも女が登ってた木から落ちた拍子に、ヘビが膣内にすっぽり入って抜けなくなったなんて話(※7)が載っている。そうした男性器の象徴としてのヘビにも興味を引かれるが、このエピソードでは女を蕩かした超能力「邪視・邪眼」(evil eye)の方が気になってしょうがない。

 ヘビと邪視という取り合わせでまず思い浮かぶのは、ギリシア神話に出てくるゴルゴーン(ゴーゴン)三姉妹の三女「メデューサ」だ。髪の毛の代わりに頭から無数の毒蛇を生やした怪物で、その目を見たものを石化させる能力を持つと言われている。ハリーハウゼンの映画『タイタンの戦い』(1981)では、さらに下半身がヘビという遠目にも分かりやすい姿にカスタムされていて、実にかっこよかった。このメデューサの眼光は『今昔物語集』の「女を蕩かした」ヘビの能力に通じるものがある。南方熊楠は『十二支考』の「蛇に関する民俗と伝説」のなかで、ヘビと邪視について多くのページを割いていて「蛇が物を魅するというは、普通に邪視を以て睥(にら)み詰めると、虫や鳥などが精神恍惚(とぼけ)て逃ぐる能わず、蛇に近づき来り、もしくは蛇に自在に近づかれて、その口に入るをいう」(※8)と記している。また同じ蛇の章において「男女の陰像を帯びる」という邪視避けのマジナイについても言及していて、同様の俗信は世界各国でみられるという。この『今昔物語集』のエピソードのヘビも、性器を象った性的神、もしくは性器そのものが悪霊邪気を祓うという俗信を踏まえれば、一方的に女を蕩かしていたわけではなく、実は野ション女に性器を突き付けられて、カチカチに硬化してしまっていたのかもしれない。

『今昔物語集』からは離れてしまうけど、ヘビとその目については講談社学術文庫に吉野祐子著『蛇 日本の蛇信仰』(1999)という本があって、非常に示唆に富んだ内容なのでおすすめ。「剣」がヘビの尾の象徴であるなら、バランス上ヘビの頭部、即ち目の象徴が求められたはずで、それが大陸伝来の「鏡」ではなかったか、って感じの論考がなされている。

 ※7.『今昔物語集 巻第二十四 本朝 付世俗 嫁蛇女醫師治見女語 第九』
 ※8. 南方熊楠『十二支考 (上)』岩波書店 1994 岩波文庫 p.254

 長くなってしまったが、ついでにヘビに関する短めのエピソードをもうひとつ。今度の被害者は昼寝をしてたお坊さん↓

『蛇、僧の昼寝せしマラ(※1)を見、婬(※9)を呑み受けて死にたる語 第四十』

 今は昔、尊い僧のもとに宮仕えをする若い僧があった。妻子ある僧である。
 その僧が主の供をして三井寺に赴いたときのこと。夏のさかりの昼間、眠気に誘われ、広い僧房の人気のないところに寄って、長押(※10)を枕に眠ってしまっていた。それはぐっすりと、起こそうとする人もいないから、長いあいだ眠り込んでいると、夢を見た。「美しく若い女がそばにやってきて横たわり、とても心地よく交わって果てる。」そんな夢だった。突然はっと目覚めた僧が傍らを見れば、そこには五尺(※11)ばかりの蛇。驚いて飛び起きると、口を開けたまま蛇はすでに死んでいる。僧はひどく怖ろしくなり、自分の前を確かめてみると、湿り気をおびている。「さては、わたしは寝ているあいだに、美しい女と交わったつもりでいたのに、実はこの蛇と交わっていたのか。」そう思うと気が遠くなりそうなほど怖ろしく、蛇の開いた口を見れば精液が溢れ出している。

「これは眠っているあいだに、蛇が勃起したのを呑み込もうとしたその感触を、女と交わったものと勘違いしたのだ。蛇は射精に耐えきれずに死んでしまったのだろう」そうは納得したものの、やはり怖くてたまらない。僧はその場から離れると、人目を忍んで股間をよくよく洗い清め、「このことを人に話そうか」と思ったけれど、「こんなつまらないことを話せば『蛇と交わった僧』などと、後ろ指をさされるかもしれない」と思い直した。しかしあまりにも異様な出来事だったので、とうとう親しい僧に打ち明けてしまったところ、その僧も大層怖れたのだった。
 このように人から離れたところでは、一人昼寝をすべきではない。とは言えこの僧にはその後もとくに障りなどはなかった。「畜生は人の精液を受けると耐えきれずにかならず死ぬ」というのは事実だったのだ。僧も神経を病んだ様子で、しばらくは病人のようだった。
 このことは、出来事を打ち明けられた僧の話(※12)を聞いた人によって語り伝えられている。


 ※9.「いん」精液。
 ※10.「なげし」柱と柱を繋ぐ水平材。
 ※11. 約1.5メートル。
 ※12. 結局言いふらされて、その後数百年語りつがれることに……。

 襲った側も襲われた側もなんとも情けない。一応「異類婚姻譚」っぽいけど、『吉祥天女攝像奉犯人語』(←前の記事へのリンクです)と一緒に「実は夢精譚」ってジャンルを作って分類したい。

 この精液を飲んだヘビ、単にノドを詰まらせて死んでしまったようにも見えるが、文中に「耐えきれずに」とあるように、人の精液はかつて生薬として用いられていたほど効果効能があるらしいので、その強いアクにあたってしまったのだろう。また上記のエピソードと同様、男性器の退魔の力が働いたのかも……なんて考えられなくもない。
『今昔物語集』にはもう一編、美少女に化けたキツネが男と交わって死ぬ話(※13)が収録されている。こちらは情緒のあるまっとうな異類婚姻譚で、美少女ギツネが捨て身で人の男に身を委ねている。「蛇女房」や「狐女房」などの有名な説話のなかには、ふつーに結婚して子供までもうけてる「異類」がいるのに、今昔のキツネはすごく気の毒。有名なカブ男の話(※14)といい、『今昔物語集』の精液の威力はハンパない。

 あと昼寝してたらヘビに襲われたって話が、時代は下って江戸時代に書かれた怪談集『諸国百物語』のなかに載っている。襲われるのは人妻。この話が印象的なのはヘビとの絡み方で、「たけ五、六尺ばかり蛇、女房を二重三重にまとひ、口と口とを差し付けて臥したり」(※15)と、おちんちんの先にかぷっとかぶりついた蛇と比べると、さすが人妻、じゃなくてさすが江戸時代。触手プレイのような濃厚さだ。

 ……ぼーっと書いてたらめっちゃ長くなってしまった。前にも書いたけど、子供のころアオダイショウを飼ってたことがあるので、ヘビには少し思い入れがある。なのでついごちゃごちゃ書いてしまう。まとまりがなくて、ほんと申し訳ない。
 というわけで一番最初の話に戻るけど、毎年1万8千種も見つかる新種の生物のなかには、しっかりヘビも混ざっているので、近々ツチノコっぽい生物くらい発見されるんじゃないかと割とまじに期待してます。それと5月の「アニマル・プラネット」はアマゾン特集!!

 ※13. 『今昔物語集 巻第二十四 本朝 付佛法 爲救野干死寫法花人語 第五』(『法華験記』に基づく)
 ※14. 『今昔物語集 巻第二十六 本朝 付宿報 行東方者娶蕪生子語 第二』
 ※15. 『諸国百物語 遠江の国にて、蛇、人の妻ををかす事』(高田衛編・校注『江戸怪談集 下』岩波書店 1989 岩波文庫 所収 p.102)

 ※上記『今昔物語集』のあらすじは、主に頭注を参考にしてまとめましたが、解釈などに間違いのある可能性が大いにあります。超意訳です。またごちゃごちゃと書いてある文章には、定説ではない独断や思い込みが多く含まれていて、引用文以外に資料的な価値はありません。あくまでも感想文ということでご了承ください。


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