A・ブラックウッド『ドナウ河のヤナギ原』

0 Comments
serpent sea
 アルジャノン・ブラックウッド(Algernon Blackwood)著, 中西秀雄訳『ドナウ河のヤナギ原』("The Willows"『ブラックウッド怪談集』講談社 1978 講談社文庫 所収)

 ドイツ南部、シュヴァルツヴァルトの源流から、ドナウ河を延々とカヌーで下ってきた主人公とその友人は、オーストリアを後にし、ブダペストの手前の沼沢地の小島で数日のあいだキャンプを張ることにした。そこは見渡す限り一面、ヤナギが海原のように低く茂る沼沢地である。二人が苦労して上陸した40アールほどの小島も、テントの周囲のほかにはヤナギが深く茂っていて、とてもマトモには歩けそうにない。ドナウ河の水かさはどんどん増している。雷鳴のような音をたてながら流れる濁流は、小さな砂州くらいなら今にも呑み込んでしまいそうなほどの激しさである。言い知れぬ不安を抱きながら、主人公たちは怖ろしい夜を迎える。

『柳』という邦題で知られる作品。江戸川乱歩は評論集『幻影城』のなかで本作を「音又は音楽の怪談」及び「別世界怪談」の項目で触れ、「異次元性に富んだ傑作」と評している。「植物怪談」に分類してないところがさすが。
 著者A・ブラックウッドは、主人公たちが上陸した小島と外界との隔絶ぶりを、筆を尽くして表現している。繰り返し繰り返し描写される激しい濁流やヤナギの不穏なざわめきに、今にも押しつぶされ、呑み込まれてしまいそうな緊張感と、怖ろしいほどの孤独感がつのる。ほんの少し川を上るか下るかするだけで、そこにでっかい町があるようにはとても思われない状況。まさに異世界って感じだ。またこの作品の圧倒的な自然描写は、ただ怖さの醸成のためだけに用いられているわけではない。ドナウ河の変化に富んだ景観の描写にも多くのページが割かれている。川を擬人化してみたり、紀行文みたいな雰囲気からはじまるので、作品の世界に入って行きやすい。



「このすばらしい風景はプレスブルグを後にするとたちまち展開する」(p.145)とあるから、おそらく主人公たちがキャンプしたのは↑この辺のどこかではないかと思う。水路が血管か髪の毛みたいに入り乱れていて、こうして見るとちょっと気味が悪い。ストリートビューで見てみると、川面は劇中で描かれた通り泥の色に濁っている。両岸にずーっと茂っているのはヤナギの木だろうか。地図上の「Dunajské luhy 景観保護地域」周辺は、画像検索でも沢山の写真が出てくるけど、抜群の雰囲気で夜めっちゃ怖そうだ。……という感じで、ほんの少しビジュアルのイメージを入れると、新鮮な気分で再読できて楽しいので、最近、読書→マップが癖になりつつある。もちろん実際に現地に行ければ最高なんだけど。

 著者にはこの『ドナウ河のヤナギ原』をはじめ、カナダの森林を舞台にした『ウェンディゴ』など、人知の及ばない大自然の恐怖を描いた作品がいくつもある。一番有名なのは多分本作だと思うけど、このテーマの作品はどれも甲乙つけ難い逸品揃いだ。著者の怪奇小説には前に感想を書いた『いにしえの魔術』(←前の記事へのリンクです)のようなオカルティックな作品も多いけど、個人的にはこっちのアニミズムっぽい傾向の作品の方が好み、……というか分かりやすく怖い。信仰や宗教観が地味に影響しているのかもしれない。
関連記事
serpent sea
Posted byserpent sea

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply