塚谷裕一『スキマの植物図鑑』

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 塚谷裕一『カラー版 スキマの植物図鑑』中央公論社 2014 中公新書 2259

 亡くなった祖母の蔵書のなかに高浜虚子の『新歳時記』という本がある。子供のころその本が大好きだった。もちろん何の本なのかさえ知らなかったのだが、横長で箱入りという装丁のかっこよさと、小さい文字がぎっしり書いてある本格的な本って雰囲気に、めっちゃレトロでお宝な本に違いないと思い込んでいたのだった。その本の最後の方を開いてみると、種類別に分類された「季題」が居酒屋のお品書きみたいにずらーーっと並んでいる。ものすごい量だ。なかでも植物の季題は群を抜いて多い。それを見ただけで俳句のことはよく分からなくても、四季折々の草花と日本人との深い関わりを、量的に感じることができる。余談だが今日(日曜日)、朝から駐車場に停めておいた車のボンネットの上に、木蓮の花が何房もぼたぼたと落ちていて、丸めたティッシュでイタズラされたのかと思った。木蓮は咲いてるときは綺麗なんだけどな。

 この『スキマの植物』は、家の近所に散歩に出ると目に入る、アスファルトの隙間やコンクリートのひび割れや、石垣の石組みの間から、けなげに茎を伸ばして花を付けた「その辺の植物」を著者撮影の写真付きで紹介する本だ。正直植物は「まあまあ好き」って程度で、関連の本もあまり持ってないのだけれど、近所を普通に歩いてて捕獲した甲虫を地味に集めたりしてるので(←前の記事へのリンクです)、本書の趣向にはとても共感を覚えた。
 収録されてる植物は全部で110種。名前は知らないけど、そーいえば見たことあるかもって草花が多い。著者は植物学者なので時に専門的なネタも取り上げられているが、ややこしくなりそうな話も分かりやすく、さらっと書かれているのがよかった。興味深かったのが植物の和名の改名についての著者の見解で、「和名はそのイヌノフグリを引きずってやや品のない名前となっているが、それに対して一時提案された「星の瞳(ひとみ)」という別名は、あまりにもきれいごと過ぎたため、結局全く普及せずに終わった」(p.25)、これは春に咲く可愛らしい花「オオイヌノフグリ」の項目の一節。「めちんちん」「おぱんぱん」を思わせるアホなエピソードだが、安易な改名は名前の持つ歴史的な情報をリセットしかねない。また植物の改名とは同列に並べられないが、分譲目当てに地名が変えられたりすると、物理的な危険が生じる怖れさえ出てくる。上記に続けて著者は「名前はあくまで名前。変にいじらないほうがよいと思う。その点、最近、魚などでいわゆる差別用語中心に和名の変更が進められているのは、ややいきすぎの感がある」(p.25)と記している。同感。

 前述の通り植物全般には「まあまあ好き」という程度の興味しかないのだけれど、それでもちょくちょく見かける好きな花はある。それは夏頃に近所の本屋の駐車場傍に咲いてる、例えるならEx-Sガンダムの青色のような、とにかく綺麗な青色をした「ヤグルマギク」という花だ。ミス・マープルの「スリーピング・マーダー」の話にもちらっと名前が出てきた覚えがある。もちろん本書にもしっかり収録されているのだが、残念なことに本書に掲載されてる写真からは、この花の美しさはあまり伝わってこない。これは環境を写す必要があるため引き気味の絵になっているからで、寄って撮れる小さめの花はどれも綺麗に写っている。「スキマの植物」だから仕方のないところだと思うが、引き気味で花の様子がよく写ってない植物については、ヤグルマギクに限らず花のアップも載せて欲しかった。あと贅沢を言えば、食べられる植物かどうかの解説が載ってると、より実用性? が増したと思う。解説が無理なら食べられるマークでも。

 それとこれもごく身近な話なんだけど、この本を読んで解けた謎がひとつある。近所の家にちょうど身長くらいの高さの石垣があって、今の季節になると、積まれた不定形な石をぐるっと飾るように白っぽい小さな花が咲いている。前を通るたびに不思議な植え方してるなーとか思ってたんだけど、あれがまさに「スキマの植物」でスミレの仲間らしい。今年はまだ未確認だけどそろそろ咲いてるんじゃないかと思う。
 帯に「季節の植物図鑑として、通勤通学や散策のお供に」と書いてあった通り、とくにこの季節にはそんな使い方がぴったりな感じの本だった。おすすめ。


  高浜虚子『新歳時記』三省堂 1951


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Posted byserpent sea

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