『今昔物語集 巻第三十一 本朝 付雑事』より「第十二」済州島の食人族の話

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『今昔物語集 巻第三十一 本朝 付雑事 鎮西人、至度羅嶋語第十二』(山田孝雄, 山田忠雄, 山田秀雄, 山田俊雄校注『日本古典文学大系〈26〉今昔物語集 五』岩波書店 1963 所収)

 近所のスーパーではレジを出たところで、たまにDVDのワゴンセールをやっている。微妙な作品がワゴンにぎっしり詰まっていて、1枚350〜500円。とくに目当てのものはないのだが、いつもつい覗いてしまって、結局また微妙な作品が増える。そんなワゴンセールで最近『ラスト・カニバル 怪奇! 魔境の裸族』(1973)というのを買ってきた。パッケージには「これが「元祖・食人映画」だ!!」とか「鮮血飛び散る人喰部族との狂気のサバイバルバトル!」といった香ばしい文句が踊っている。監督はイタリアの食人映画職人ウンベルト・レンツィ。以前「食人族パック」という悪趣味なDVDのセットを買ったことがあるのだが、そのなかの一枚『食人帝国』(1980)を監督してた人らしい。『食人帝国』が良かった覚えがあったので、ホクホク買ってきたのだけれど……なんか違ってた! 確かに秘境で裸族で食人で、意外なほど丁寧に撮られてるんだけど、全部ちょこっとずつ摘んだ感じ。メインは金髪のイケメンと原住民の女の子との恋愛ドラマだったりする。うーむ……。

 ……というわけでわが国の古典にも「鮮血飛び散る人喰部族との狂気のサバイバルバトル!」っぽい作品があるよ! というのが、この『今昔物語集』の「鎮西の人、度羅の島に至れる語」。舞台となった「度羅の島」は韓国の済州島を指している。まあ全然バトルとかしてないんだけど(流血もない)、『今昔物語集』のなかではわりと珍しいめの海洋奇譚で、秘境ものっぽい要素もあるエピソードだ。

『鎮西の人、度羅の島に至れる語 第十二』

 今は昔、鎮西(※1)、□の国の□の郡に住んでいる人が、商いのために沢山の人と一隻の船に乗って、未知の世界に行き、本国に返っていたところ、鎮西の未申の方角(※2)の、はるか沖合に大きな島がある。人が住む気配があることから、船の者たちは島を見て「こんな島があるぞ。上陸して食べ物の補給などしよう」と思い、船を漕ぎ寄せてその島に皆で上陸した。そしてある者は島の状況を見て回り、ある者は箸の□伐ってこようと(※3)散り散りになっていった。

 しばらくすると山の方から、大勢の人がやってくる音が聞こえてくる。様子がおかしい「こんな見知らぬところには鬼がいるかもしれない。このままこうしているのはヤバい」と、皆急いで船に乗り込み、海上へと去り、山の方から地響きをさせて現れたものを「何者だ?」と見やれば、烏帽子を折って結んだ(※4)男たちが、白い水干のはかま(※5)を着けて、百人あまりも出てきていた。船の者たちはこれを見て「なんだ人じゃないか。これなら怖れることもないな。ただし知らない土地のことだから、奴らに殺されたらおしまいだぞ。あんなに大勢いるんだ。近寄せたらまずい」と思い、ますます遠ざかりながら見ると、奴らは波打ち際で船が去るのを見て、次々に海に飛び込んで船を追いかけようとしている。船の者たちはもともと皆兵士だったから、弓矢や太刀をそれぞれ備えていた。そこで手に手に弓をとって矢をつがえて「奴らが追いかけてくるぞ。近付いてきたら射てやる」と言う。奴らは皆ろくに身を守ることもせず弓矢も持たず、船の者たちは多くの人が皆弓矢を手にしているものだから、奴らは無言でこっちを見てよこし、しばらくして山の方へと戻っていった。船の者たちは「これはどうしたことか」と惑ったが、奴らが追いかけてくるかもしれないと思い、怖れをなして遠く逃げ去ったのだった。

 さて鎮西に帰ってから、この出来事をあまねく人に語ったところ、そのなかの老人がこれを聞きつけて言うには「それは度羅の島(※6)というところに違いない。その島の住人は、人の姿をしながらも人を食べるという。だから案内もなく人がその島に行けば、大勢集まってきて人を捕らえ、たちまち殺して食べてしまうと聞いている。あんたたちは賢かったから、奴らを近寄らせずに逃げることができた。近寄らせたりすれば、百千の弓矢を持ってしても、取り付かれたら敵わない。皆殺されてしまう」。船に乗っていた者たちはこれを聞くと、ぞっとして増々怖ろしく思った。
 これによって人のなかの劣った者の、人に似ず悪い物を食べる者を度羅人と呼ぶ(※7)。ただ□思うに、これを聞て後ぞ度羅人ということをば知ける(※8)。
 この話は鎮西の人が上京して語ったのを聞き次いで語り伝えられている。


 ※ □は欠字。

 ※1. 九州。
 ※2. 南西の方角。
 ※3. 1文字欠字になっているが、「食事毎に新しい箸を使用する習慣の反映とすれば」(頭注)、ここは「箸の材料になる枝を伐ってこよう」って感じ。織田信長は食事ごとに箸を捨ててたらしいけど、この人たちの場合はどうだったのかな。ゲンを担いだのか、単に綺麗好きだったのか。もしかすると航海中ってことで清水を大事にしてたのかもしれない。あ、それなら海水で洗えばいいか。
 ※4. 軽装の意味。
 ※5. 平安期の簡素な衣装。
 ※6.「とらのしま」韓国の済州島。耽羅(たんら)、耽牟羅(たむら・たんもら)、屯羅(とんら)という表記もある。もともと独立国だったが百済の属国的なポジションにいて、百済が衰えると、新羅の完全な属国になり、新羅が滅んだあとは高麗の郡のひとつとなっている。忙しいというか、大変な来歴だ。『日本書紀』によると日本との関わりは、斉明天皇7年(661)に日本に対して初めて朝貢を行い、天智天皇4年(665)に使者が来朝している。一時はわりと国交があったらしいが、新羅の属国になって以降、往来はほぼ絶えていたようだ。
 ※7. 当時のことわざか慣用句のような書きっぷりだけど、頭注によれば「未だ他の文献に徴し得ない」とのこと。
 ※8. この一文、読み下し文です。欠字にはなにが入ってたのだろう。

 ……裸族もバトルもカニバリズムなシーンもなくて申し訳ない。かいつまんで言うと、見知らぬ島に上陸してみたら原住民が大挙して現れたので、大慌てで逃げたってところ。ファーストコンタクト大失敗でドタバタって感じがよく表現されていて楽しい。上記の※6の通り『今昔物語集』が成立したのは、度羅の島との交流が絶えて久しいころで、なぜ食人族なんてイメージを抱くことになったのは分からないが、当時海上を行き来した商人は、本土から遠く離れた度羅などの島国を非常に怖れていたらしい。面白いのは似たようなファーストコンタクトでも北方の島に辿り着いた場合は、同様にびびりながらもしっかり食糧を分けてもらって、あの島の人は神様だったんじゃないかなんて言ってる(※9)。

 それからこの話には「鬼がいるかもしれない」というセリフがある。当時「鬼」には死霊を意味する「鬼」と妖怪・怪物を指す「鬼」があって、どっちを指しているのか迷うことも多いのだが、ここで船乗りが言っているのは幽霊じゃなくて、人に直接的な害をなすモンスター的な「鬼」のようだ。

 ※9.『今昔物語集 巻第三十一 本朝 付雑事 佐渡國人、為風被吹寄不知嶋語第十六』

 ※上記『今昔物語集』の意訳は、主に頭注を参考にしてまとめましたが、解釈などに間違いのある可能性が大いにあります。超意訳です。またごちゃごちゃと書いてある文章には、定説ではない独断や思い込みが多く含まれていて、引用文以外に資料的な価値はありません。あくまでも感想文ということでご了承ください。


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