伊藤潤二『阿彌殻断層の怪』

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 伊藤潤二『阿彌殻断層の怪』(伊藤潤二『ギョ〈2〉』小学館 2002 ビッグコミックス 所収)

 地震で地上に露出した断層の断面に、等身大の人の形をした無数の穴が発見される。人工のものらしいことが判明するが、どこまで続いてるのか分からないほど深い。ニュースでも取り上げられて、現地には野次馬や研究者が詰めかけている。そんななか自分の形をした穴を見つけたという者が、穴に入ったきり行方不明になるという事件が頻発する。穴にはその形に適合する人間を魅き付ける、吸引力のようなものがあるらしい。

 子供のころ、寝る前にうっかり死後の世界とか、宇宙の果てとか考えてしまって、眠れなくなった経験がある人も多いと思う。怖さとわくわく感がごちゃ混ぜになった不思議な感覚、止めようとしてもなかなか考えるのを止められない。伊藤潤二の著作のなかには、そんな感覚を強烈に喚起させる作品がある。例えば『長い夢』や『漂着物』(←前の記事へのリンクです)など、そしてこの『阿彌殻断層の怪』もまたそんな作品だと思う。

 設定上、深海と地中という違いはあれど、この作品の構造は上記の『漂着物』とよく似ている。深海生物の体内は阿彌殻断層の穴の中であり、呑み込まれた人々の身体はともに、生きながら著しく変形する。『漂着物』の人々が精神にも異常をきたしていたように、穴に呑まれた人々の精神もまず無事では済まないだろう。
 大きく異なっているのは『漂着物』の主人公が終始傍観者に徹していたのに比べて、この作品の主人公は断層の穴に魅かれ、自ら進んで呑み込まれていく。身体がぴったりと嵌まり込んだ、後戻りのできない闇のなかで、彼はなにを考え、感じるのだろうか。

 どうやって考えたんだろうって感じの特異なアイデアや、美しい描画、グロテスクでインパクトのある造形等々、著者の作品の魅力をあげればキリがないけれど、この『阿彌殻断層の怪』をはじめ上記の作品には、それこそ断層の穴のように、人を深淵へといざなう不思議な魅力がある。それは考えはじめると眠れなくなるような、特別な魅力だと思う。


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