H・G・ウエルズ『タイム・マシン』

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 H・G・ウエルズ(Herbert George Wells)著, 橋本槙矩訳『タイム・マシン』("Time Machine"『タイム・マシン 他九篇』岩波書店 1991 岩波文庫 所収)

 たった今、手製の「タイム・マシン」で時間旅行から戻ったという男が、80万年後の未来の出来事を憔悴しきった様子で語りはじめた。彼が訪れた世界は、一見天使のように退化した人類がふわふわと暮らすユートピアのように思われたが、実は地下に潜み棲むもう一つの人類により、地上のひ弱な人類が飼育され補食されている、恐るべきディストピアだったのだ。タイム・マシンを奪掠された主人公は、地下の人類「モーロック」の襲撃から逃れ、地上の人類「エロイ」の少女「ウィーナ」を連れて、タイム・マシンを取り戻すべく奮闘する。

 小学校の図書室以来のおなじみの作品。しかし当時読んだ本には冒頭の一章がついてなかったのか、三次元四次元のくだりを読んだ記憶がまったくない。ちらっと見て難しそうだかったから、まるまる一章飛ばして読んでたのかもしれない。同様に、今読むと著者のほかの作品と同じく、文明に対する批判的でシニカルな論調が終始感じられるのだが、当時はそんなことには全然気付かずに、単にスゴい冒険譚としてひたすらハラハラドキドキしながら読んでたように思う。時間だけ移動して場所は移動しないというタイム・マシンの特性が、すごく斬新に感じられたことを覚えている。そして80万年後の世界の景観の素晴らしさ、鮮やかに頽廃した未来の景色にも強く惹かれた。ジャングルに点在する古代遺跡みたいだと思った。

 解説によるとこの作品には著者の生立ちや、19世紀末のイギリスの時代背景が色濃く反映されているらしい。著者は社会に様々な疑問や不満を抱き、挫折感や劣等感を感じていたのだという。なるほどなーと思われる点も少なくはないのだが、そのあたりの事情にはあまり興味がない。ただそんな反骨精神?みたいなことを燃料にして、今読んでもまったく色褪せない美しいディストピアを夢想した著者の想像力の自由さには驚嘆させられる。それから改めて気付くのは「エロイ」の少女「ウィーナ」の、1/1スケールPVCフィギュアのようなかわいらしさだ。以前は『ロビンソン漂流記』のフライデーを薄めたみたいなキャラって印象だったんだけど。白痴美っていうのかな。突っ込みすぎると夢に出てきそうなヤバいキャラだ。

 物語の最後の方には三千万年後の世界、人類が跡形もなく消え去った世界の様子が描き出されている。解説にある進化の逆転現象という解釈には説得力があっておもしろい。こういう考え方を悲観的宇宙論っていうらしい。とはいえ全体のトーンは悲壮感たっぷりって感じでもなくて、ポケットのなかの白い花のくだりをあげるまでもなく、常にどこからか淡い光の差すような不思議な明るさが感じられる作品だ。そもそも著者が根っから悲観的だったなら、タイム・マシンは未来ではなく過去に向かってたんじゃないかと思う。SFの元祖らしく少々感傷的な作品だけど、何度読んでもやっぱり楽しい。

 あと有名なビクトリア調のタイム・マシンの出てくるジョージ・パルの映画『タイム・マシン』(1960)もおすすめ。↓結構怖いです。

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Posted byserpent sea

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