飯田道夫『河童考 その歪められた正体を探る』

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 飯田道夫『河童考 その歪められた正体を探る』人文書院 1993

「その歪められた正体を探る」というサブタイの通り、カッパの異名や習性、由来etcに関する諸説を文献資料から検証する本で、「河童の伝承」「河童に擬せられたもの」「河童の正体」の三部構成。基本突っ込み本としての傾向が強く、柳田国男の「河童駒引」を疑問視する論考が随所で展開されている。

「河童に擬せられたもの」は、カッパの正体または同一視される生物、妖怪についてのパートだが、ここでも「河童駒引」との関連の深い「猿」の項目に多くのページが割かれている。まず樹上生活を営むサルと水妖のカッパを一緒にすることへの疑問からはじまり、馬を守護するはずのサルが、カッパになった途端馬に害をなすことの矛盾を指摘する。そして『物類相感志』『庖厨備用倭名本草』の記述をもとに、本来馬に害をなしていたのは後にカッパのイメージに集合される「スッポン」ではなかったかという持論を展開し、次章では「元来、猿と河童とはなんの関係もない」(p.235)と断定している。
 とはいえ本書にも収録されている『日本山海名物図絵』の「豊後の河太郎」(※)あたりは、どう見てもサル、パーフェクトサルだ。動物園の猿山で見かけるようなじゃれ合う様子が、生き生きと描かれていて実にかわいらしい。これを見る限りでは単に水辺で戯れるサルの一群を「河太郎」と呼んでただけなんじゃないかと思う。カッパのイメージが文芸的に形成される以前の初期の段階では、きっとこの「豊後の河太郎」のようにカッパの正体は様々だったのだろう。それこそ異名の数だけ、もしくはそれ以上に。このことに関しては第3章の「まとめ」のなかでも「異称が多い事実は、各地で別個に語り伝えられていた「河童」がいたことになるが、それが本当に「河童」であるかどうか、必ずしも定かでない」(p.226)と記されている。

 全体的な印象としては、本書において「カッパの正体を歪めた」とされる柳田国男の民族学に対する批判的なトーンが強く感じられるが、論旨は比較的シンプルだし、平易な文章で書かれていて読みやすかった。ただ文献資料を用いたアプローチというには、例えば古賀侗庵の『水虎考略』などにほとんど触れられてないのは不思議。
 また上記のような反論っぽい記述だけではなく、カッパの様々な異名や習性についても広く取り扱われているのも特徴。数多い引用文には引用元が随時明記されていて、カッパ関連リファレンスとしても有用だと思う。巻末の「参考文献」を見ると多くが現在でも入手可能な本(原典よりも研究書が多い)で、興味が出たものを普通に購入できるのが嬉しい。
 
 最後に「カッパ」という名称に関して、本書では「かわ(川)わっぱ(童)」が詰まってやがて「かっぱ」になったという説をとらず、『日本書紀』に出てくる「かはく(河伯)」がその起源ではないかとしている。「カハク」→「カッハ」→「カッパ」というわけだ。


 ※平瀬徹斎撰, 長谷川光信画『日本山海名物図絵 巻之二』の「豊後の河太郎」↓早稲田大学図書館「古典籍総合データベース」所収の画像へのリンクです。
 http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko06/bunko06_02154/bunko06_02154_0003/bunko06_02154_0003_p0016.jpg


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