花輪和一『水精』

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 花輪和一『水精』ペヨトル工房 1994

 漫画の絵柄についてはあまり好き嫌いはないのだが、この絵すげえ! と思うことはある。なにぶん読書傾向が怪奇系に偏っているのでアレだけど、著者花輪和一はそんなすげえ! 絵を描く漫画家のひとりだと思う。著者の筆にかかると、荒唐無稽なあんなことやこんなことが、実際に著者が見てきた出来事のように感じられるのがすごい。そんな画力。

 著者の経歴についてはよく知らなかったので、調べてみたら1970年にイラストレーターとしてデビューしている。手元にある70年代の雑誌(←怪奇特集)や怪奇系の本では、しばしばイラストを目にすることがあるから、初期のころからとくにそのジャンルを中心に活躍していたようだ。
 漫画の傾向は初期のエロ・グロ・ナンセンスな猟奇ものから、おそらく作品数の最も多い平安時代〜を舞台にした作品群、そして『刑務所の中』などの現代を舞台とする作品へと累積する。「累積する」というのは変な表現だけど、著者の場合一度見初めたモチーフを捨てることがないから、「変化」や「変遷」というより「累積」の方がしっくりくる。そのため近作になるほど、作品世界のカオス度は深まっていく。

 この本はそんな著者の脅威の画力が遺憾なく発揮された短編&連作集。雑誌『銀星倶楽部』に発表された短編三編と、雑誌『コミックモーニングパーティー』に連載された連作『まどわし神』十四編が収録されている。すべて80年代に描かれた作品だ。以下表題作の『水精』と『まどわし神』第一話の簡単な感想。

『水精』
 著者が得意とする平安時代の中期を舞台にした作品。
 主人公は貴族の娘。義理の家族にさんざん虐待されて過ごしている。四つん這いになってボロ布をまとい、小便をかけられながら草履の上の強飯を食べる……そんな悲惨な毎日。あるとき主人公は謎の物体を拾う。一見、貝殻のようなその物体の正体は、超常的な力を持った変な生き物「水精」なのだった。主人公の思いを汲んだのかどうなのか、とにかく水精による義理の家族への懲罰がはじまる。というのが超あらすじ。ページの大半は義理の家族の醜悪な日常と、主人公に対する虐待の描写に費やされている。主人公はというと、「あんまりといえばあんまりだわ」(p.19)なんていいながら、桁外れに陰険な仕打ちに淡々と耐えている。花輪漫画の主人公らしくどこまでも図太い。で、最後は「ピカピカ光る何かも私のまわりをヒラヒラとびまわって、本当に私はよかったなあと思うのでした」(p.36)で終わり。わけが分からないが、作画は精密で美しく非常に充実している。とくに義理の家族の死にっぷりは圧巻。著者の特徴が顕著に表れた作品だと思う。

『まどわし神 第一話』
 二話以降はサブタイが付いているが、この第一話は単に「まどわし神」とだけ表記されている。実はこの第一話は、珍しく雑誌掲載時に読んでいる(←第一話だけ)。いつも行ってた床屋に置いてあったのを、順番待ちのあいだにたまたま見てしまったのだ。感想は「なにこれ気持ちわる」って感じだった。でも著者の名前は覚えてなくても、作品自体はものすごく記憶に残っていたから、よっぽどインパクトが強かったのだと思う。
 8ページの短編なのでストーリはいたってシンプルだ。たそがれ時、家に帰ろうとする子供たちが、妙な生き物に取り憑かれた男を目撃する。その生き物はどうやら「まどわし神」という妖怪らしい。「まどわし神にとりつかれると、同じ所をグルグル歩きまわって家に帰れなくなる」(p.70)のだそうだ。男は幸い「まどわし神」から開放されたようだが、今度は子供の一人の背筋が寒くなる。という話。このエピソードの見せ場はなんといっても、「まどわし神」の素晴らしい造形。比較的シンプルなデザインなのに、生々しい生物感に溢れている。それが都の外れの原っぱの、寂寞とした情景にぴったり。

 この本のおもしろいところは、サブカル雑誌に掲載された作品と、増刊号とはいえかなりメジャーな雑誌に連載された作品が一緒に載ってるところで、読み比べると『まどわし神』が随分とユーザーフレンドリーに描かれていることがわかる。その点では著者の作品にはじめて接する人にも読みやすいと思う。もちろん怪奇幻想系の好きな人、とくに日本の古典文学のなかの怪異が好みの人にはおすすめの一冊。中世の世界を目の当たりにするような見開きのページは必見。

 ※フキダシからの引用は、改行を調整しています。


 ↓2006年に復刊されてます。表紙はペヨトル工房版の方が好みだけど、こっちにはカラーの口絵が付いてお得。

  花輪和一『水精』ぶんか社 2006


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Posted byserpent sea

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