『今昔物語集 巻第二十六 本朝 付宿報』より「第十」ハッピーな「瓶詰の地獄」について

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『今昔物語集 巻第二十六 本朝 付宿報 土佐国妹兄、行住不知嶋語第十』(山田孝雄, 山田忠雄, 山田秀雄, 山田俊雄校注『日本古典文学大系〈25〉今昔物語集 四』岩波書店 1962 所収

 漂流ものといえば、まず思い付くのが夢野久作の『瓶詰の地獄』、それからブルック・シールズの『青い珊瑚礁』(1980)
 でも『青い珊瑚礁』の二人ってどういう関係だっけ? 兄妹じゃなかった気もするが……などと思いつつ検索してみたところ、ショッキングな事実が判明した。なんとあのブルック・シールズの全裸は、すっかり、完全に吹き替えだったのだそうだ! これ有名な話なのかな?? 全然知らなかった。ボディダブルってやつだ。検索なんてするんじゃなかった!

 ……というわけで、漂流ものといえば、『瓶詰の地獄』。孤島に流された兄妹の悲劇を、構成の妙で書ききった超有名作だ。夢野久作の作品のなかでは『ドグラ・マグラ』の次くらいに有名なんじゃないかと思う。タイトルの「瓶詰」は二人が海に流したボトルメールに由来するが、二人が閉じこめられた「孤島」の隠喩でもある。
 上記の『青い珊瑚礁』をはじめ、このジャンル(?)の作品は悲劇的な結末を迎えることが多く、とくに『瓶詰の地獄』は悲劇的だからこその、あのキレッキレな構成だ。それでも、それは重々承知のうえで、ハッピーエンドな『瓶詰の地獄』が見たい!
 
 ……というわけで、『今昔物語集 巻第二十六 本朝 付宿報』より↓……あ、それと『青い珊瑚礁』の二人は「いとこ」だったそうです。

『土佐の国の妹兄、知らぬ島に行き住める語 第十』

 今は昔、土佐の国の幡多の郡に身分の卑しいものがあった。自分の住む浦ではなく、ほかの浦に田を作っていた。自分の住む浦に種をまいて、苗代を作り、田植えの時期になると、その苗を船に積み込み、田植えの手伝いを雇い、食べ物をはじめ、馬鍬、唐鋤、鎌、鍬、斧、鐇(たつぎ)などにいたるまで、生活用品と一緒に船に積んで出発するのだった。一家には十四、五歳くらいの男の子と、その妹の十二、三歳の女の子があった。二人の子に船の番をさせて、父母は田植え女を雇うために、陸に上がっていた。

 ほんの少しの間と思い、船を浜辺に少しだけ引き上げ、とも綱もとらずにおくと、二人の兄妹は船底に横になって、眠り込んでしまっていた。その間に潮が満ちて、船が浮かび上がり、沖に向けて風が吹きはじめた。そして船は引き潮に運ばれて、はるか南方の沖合に流されてしまった。沖に出ると、いよいよ強い風に吹かれて、まるで帆を張ったかのように船は走る。ようやく目を覚ました二人が驚いて見ると、もといた浜辺とはまったく違う沖に出てしまっている。二人は泣きわめいたがどうすることもできず、ただ風に吹かれ流されていくばかりだった。父母はというと、田植え女を雇うことができず、仕方なく戻ってきてみれば、船が見あたらない。風を避けてどこかへ避難しているのかと思い、あちこち走り回って子供たちの名を呼んでみたが、答えるものはいない。何度もくり返し探し求めても、影も形もなく、とうとう諦めるほかなかった。

 さて兄妹の乗った船は、はるか南の沖に浮かぶ島に吹き寄せられていた。二人が恐る恐る上陸して船をつなぎ、あたりをうかがってみると、人のいる様子はなくどうやら無人島のようだ。帰るすべのない兄妹はただ泣くばかりだったが、それでどうにかなるわけでもない。やがて妹がいうには「今はどうにもならないよ、でもこのまま死ぬのはいやだ。この食べ物をがんばってちょっとずつ食べて、生き延びようよ。でもこれがなくなったらもうおしまいだから、急いでこの苗が枯れないうちに植えてみないと」それを聞いた兄は「そうだお前の言う通りだよ。そうだ、そうしてみよう」、二人は水のあるところの、米作りができそうな場所を探し、鋤や鍬などもみな揃っていたから、船に積んでいた苗をすべて植えた。そして斧や鐇などもあったので、木を切って小屋を作って住んでいたが、季節がら果物のなる木も多く、それらをとって食べながら暮らすうちに秋になった。前世からの運命だったのか、二人の田は素晴らしくよく実り、多く収穫することができた。そうして過ごすうちに、やがて年頃になった兄妹は、ごく自然に結ばれたのだった。

 年月が流れた。二人のあいだには男の子、女の子が次々に産まれたから、それをまた夫婦にした。大きな島だったから、さらに田を多く作り広げて、兄妹の子孫が島に溢れるほどになって、今にいたっているという。土佐の国の南の沖にある妹兄の島(※1)がこの島だと人々は語る。
 考えてみれば、前世の宿縁があったればこそ、その島に流れ着いて住み、兄妹は夫婦となったのだろうと語り伝えられている。


 めでたし、めでたし。
 個人的には妹よりも姉なんだけど、この気丈な妹はすごくいい(最近だと『  』(くうはく)の「白」もいい)。

 ※1の「妹兄(いもせ)の島」は、注釈によると高知県の「沖の島」ではないかとのこと。現在では「妹背山」という島の中央部に位置する山の名として「いもせ」の名をとどめているというのだが。ちょっとグーグルマップで見てみたところ、どうも四国本土に近過ぎるように思う。絶海の孤島というイメージじゃない。兄妹の出身地である幡多郡から普通に見える距離だ。確かにほかに適当な島は見当たらないけど、これなら帰れるような気がする……↓


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「沖の島」が属する高知県宿毛市の「宿毛文教センター」のサイトを見てみると、「集落の歴史」のなかに「元久元年(一二〇四)三浦則久が鎌倉をのがれて沖の島に渡来し、 その子孫が島の領主となった」(※2)とあり、それ以前のことはよく分からないが、島に人が住みはじめたのが鎌倉時代以降だとすると、『今昔物語集』の成立時期と矛盾が生じる。ただ万葉の時代から和歌山県の紀の川を挟んだ二つの山を「妹背山」と呼んでいるし、またそういう地形を指して「妹背山」と呼ぶことがあるらしいから、もしかするとこの説話も、先に島の地形に基づいた「妹兄島」という名があって、そこから発想されたものなのかもしれない。

 ※2.「宿毛文教センター」↓「宿毛歴史館」のなかの「集落の歴史」より。「宿毛の民話」ではこの説話についても触れられてます。
 http://www.city.sukumo.kochi.jp/sbc/index.html


 以下、あまり関係のない話。この話を読むと手塚治虫の初期の代表作(で傑作)『ロストワールド』のラストシーンを思い出してしまうので、それについて。舞台は絶海の孤島……じゃなくて、謎の遊星「ママンゴ星」である。星にとり残された若き天才学者「敷島博士」の傍らには、美しい植物人間の「あやめ」が半裸で寄り添っている。

敷島博士「ああ、もうぼくたちは地球へ帰れなくなってしまった……永久にふたりだけになってしまったのだ」「ね、ぼくたち兄妹になろう」
あやめ「あたしを妹にしてくださいますの……うれしいわ」
敷島博士「そしてぼくたちは、ママンゴ星の王さまと女王さまだよ」
あやめ「おにいさま」(※3)


 発表された年代(1948年)からして、色々な配慮をした結果だとは思うけど、「結婚しよう」とかじゃなくて「兄妹になろう」ってところが、なんかもやもやしてて素晴らしい。(※4)

 そのころ地球では「ジュピター博士」によって、ママンゴ星に関する重大な発表が行われていた。天文台がママンゴ星のジャングルのなかに人間を発見したという。精密な「スペクトルム分析」によって、その人間、二人の少年少女のうち少女の体が、植物であることが判明したらしい。

ジュピター博士「いまから五百万年後」「ふたたびママンゴ星がわが地球に接近したときには、彼らの子孫 ── 動植物人がわれわれの遠い子孫と、ほがらかに握手するであろう」(※5)



 ※3. 手塚治虫『ロストワールド』角川書店 1994 角川文庫 手塚治虫初期傑作集 p.226-227
 ※4. 戦前に描かれた『ロストワールド 私家版』にはこの兄妹云々のくだりはなく、もう少し年長者向けの表現になっている。
 ※5. 手塚治虫『ロストワールド』角川書店 1994 角川文庫 手塚治虫初期傑作集 p.245

 ※上記『今昔物語集』の意訳文は、主に頭注を参考にしてまとめましたが、解釈などに間違いのある可能性が大いにあります。またごちゃごちゃと書いてある文章には、定説ではない独断や思い込みが多く含まれていて、資料的な価値はありません。あくまでも感想文ということでご了承ください。
 ※コミックからの引用は、読みやすいように改行を調整しています。
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