荒川千尋『郷土玩具 招き猫尽くし』

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 荒川千尋著, 坂東寛司写真『郷土玩具 招き猫尽くし』日本招猫倶楽部 1999

 この本には「招き猫」と聞いてまず思い浮かぶ小判を抱いた陶磁器製の「招き猫」ではなくて、地方色豊かな郷土玩具の「招き猫」が多数収録されている。低火力の素焼きに彩色を施した「土人形」に分類される立体物を中心に、張り子や木製の「招き猫」も収録されていてバラエティ豊かな本だ。

 構成は1ページにつきほぼ3個の「招き猫」を都道府県順に解説つきで掲載。ソフトカバー64ページ、写真が綺麗だからぼーっと眺めるのにぴったり。もちろん郷土玩具の資料としても、「招き猫」収集のガイドブックとしても充実していると思う。ただこの本が刊行されたのは1999年だから、現在は廃絶してしまったり、愛知県の「大浜土人形」のように再開されたブランドもある。

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 ところであの片手をちょいっとあげた「招き猫」はいつどこで誕生したのだろうか。昔の化け猫映画を見ていると、あのポーズで人を操ってる化け猫がデフォルトで登場するから、なんの疑問もなく江戸初期の「鍋島の化け猫騒動」のころには「猫があのポーズで人を操る(招く)」→「招き猫は当然あった」なんて思い込んでいたのだけれど、それは大間違いだった。結構新しいのだ。確認されている最古の「招き猫」は、幕末のころの「今戸焼」の「丸〆猫」↑だといわれている。現行の「招き猫」のイメージとは違うけれど、いかにも郷土玩具といった感じの素朴な造形がかわいらしい。その由来として老婆の夢枕にかつての飼い猫が立って、自分の姿に似せた人形を売るといいよというから、その通りにやってみると大儲けできたなんて話が伝わっている。(※1)

 この「丸〆猫」が元祖だとすると、今度は猫がいつ正面を向いたのかってところが気になってくる。また当時のものが全然現存していないのはなぜだろうか。「丸〆猫」の直前にブレイクしていた「福助」と比べるとなおさら不思議に思う。「福助」はそれこそ相当古いものをヤフオクでも見かけるのに。かつての「今戸焼」を再現されている方のwebサイト(※2)によると、「丸〆猫」は当時、浅草の三社様の門前町で売られ、なかなかの評判だった様子。縁起物だけにそうそうぞんざいに扱われたとも思えないし、不思議。

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 最初に書いた小判を抱いた陶磁器製の「招き猫」は、現在愛知県の常滑市を中心に生産されていて、「常滑系」と呼ばれている。この「常滑系」のもとになったのが、愛知県の「土人形」、「乙川人形」↑右端のやつ。見ての通りの頭身、垂れ目、小判、スタンダードな「招き猫」のイメージそのままの姿だ。

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 個人的には頭身がすらっと高くて、ちょっときつめの顔をした愛知県の瀬戸の「招き猫」(「瀬戸招き猫」←詳しくはwiki等参照)が好きで、数年前骨董市でものすごくいい感じのを買い逃して以来、いまでもグズグズ思っている。ほんと、あの猫はいい猫だった……。
 そんな瀬戸産の「招き猫」の原型じゃないかというのが京都の「伏見人形」↑こうしてみると顔がまん丸で、確かに瀬戸の「招き猫」によく似ている。「伏見人形」は全国の「土人形」の元祖とされていて、もちろん上記の「今戸焼」も「乙川人形」もその影響を受けている。

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 とくに貴重な品ってわけではないのだけれど、うちの小さい「招き猫」。両方とも瀬戸物っぽいが、詳細は不明。白猫は身長5.5センチ。少し飴色がかった体色と、耳の形が気に入って最近買いました。招いてるっていうより毛繕いしてる感じ。まったく同じ形で黒ぶちのを見かけたことがある。小さい方は身長2.5センチ、画像ではよく分からないけど、ヒゲまでしっかり描いてある。いつか瀬戸製のちょっと大きめの三毛が欲しい。


 ※1. この説話にもいくつかのバリエーションがあるらしい。「招き猫」←詳しくはwiki等参照。

 ※2.「今戸焼」の知識が盛り沢山のwebサイト「東京の土人形 今戸焼?!今戸人形? いまどき人形」↓もちろん「丸〆猫」の話題も豊富。
 http://imadoki.server-shared.com
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