モーパッサン『幽霊』

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 ギ・ド・モーパッサン(Guy de Maupassant)著, 榊原晃三訳『幽霊』("Apparition"『モーパッサン怪奇傑作集』福武書店 1989 福武文庫 所収)

 これ怖かったです。実話怪談っぽいというか、わけの分からないことが劇中で全然説明されないまま終わってしまって、気味の悪い印象があとを引く。今から百三十年も前に書かれた作品だけど、昔の作品にありがちなまだるっこしさがなく、これは翻訳のおかげなのかもしれないが、最近の小説のようにすらすらと読めた。

 ストーリーは語り手が偶然に再会した旧友に頼まれて、今は住む人のない彼の屋敷に手紙を取りにいくというもの。そこに旧友の亡き妻の幽霊が出る。実にシンプルな幽霊屋敷譚なんだけど、屋敷の有り様、幽霊の出るタイミング、幽霊の様子のどれをとっても一級品。とくに幽霊の出るタイミングは、繰り返し読んでもぞっとする素晴らしさだった。語り手がその屋敷に滞在したのはほんの十分ほど。それから五十年以上、途切れることのない恐怖が魂のなかに残ってしまったという。

 口をきく幽霊はあまり怖くないといわれている。映画に出てくる幽霊も、黙っているか奇声を発するタイプの幽霊が、とくに近年の作品ほど多いように思う。この作品に登場する幽霊はばっちり話をする。しかし怖い。長く乱れた髪を梳いてくれるよう懇願してくるのだけれど、その必死さがわけ分からなくて怖い。赤ん坊を抱いてくれとせがむ「産女の怪」に通じる気味の悪さだ。そして産女が赤ん坊を抱いたものに何らかの痕跡を残すように、本作の幽霊も不気味な痕跡を語り手に残す。

 著者は十年ほどの短い創作期間のあいだに怪奇系の作品を三十作以上残し、晩年(といっても四十代)は発狂して自殺を図るが失敗、パリの精神病院で死去している。これらの作品群は実体験に基づくものともいわれている。著者は「見える人」だったのかもしれない。
 この作品が収録されている『モーパッサン怪奇傑作集』には本作のほか、有名な『オルラ』をはじめ『手』『水の上』『山の宿』『恐怖 その一』『恐怖 その二』『髪の毛』『だれが知ろう?』『墓』『痙攣』が収録されている。どれも先の展開がまったく読めない、精神にくるような異様な作品ばかりだ。怪異に対するスタンスが独特で、しかも妙にリアルだから困る(嬉しい)。
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Posted byserpent sea

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