ジョン・ラバック『自然美と其驚異』

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 ジョン・ラバック(John Lubbock)著, 板倉勝忠訳『自然美と其驚異』("The Beauties of Nature and the Wonders of the World We Live In")岩波書店 1933 岩波文庫

 最近録り溜めていた深夜アニメを見終わると、AXNミステリーを見てることが多い。「ヨーロッパを中心に、世界の上質なミステリードラマをお届けする海外ドラマチャンネル」という謳い文句の通り、各国のドラマを見ることができる。なかでも多いのが英国製のドラマで、『バーナビー警部』『孤高の警部 ジョージ・ジェントリー』『リンリー警部 捜査ファイル』『主任警部モース』『ダルジール警視』などなど……「警部」が多いな。少し前までは『名探偵ポワロ』や『アガサ・クリスティー ミス・マープル』なんかも繰り返し放送していた。
 そんな英国製のドラマをぼんやりと見ていると、この本を思い出す。英国製のドラマでは田舎で事件が起こることが多く、舞台となる絵のように綺麗な田舎の風景が、本書の記述を連想させるのだと思う。

 ナショナル・トラストなどの自然保護運動をはじめ、英国人の自然に対する姿勢には特別なものがある。英国人の庭園好きは有名だけど、風景式庭園(詳しくはwiki等参照)という様式からして、自然への深い思い入れの表れであるらしい。前述のドラマでも庭園や自然保護がテーマになってたりすることがある。それをきっかけに殺人事件が起こったりする。
 18世紀からの産業革命によって、英国は世界に先駆けて工業化を成し遂げたが、その代償は大きかった。人の手によるものとしては人類がはじめて経験する規模の環境破壊だ。これによって英国の国土を覆っていた森林の大半は失われ、未だにほとんど回復をしていないという。英国人の自然に対する強い思いには、このような歴史的な背景がある。

 本書は「博物学の入門書」と紹介されているが、学術的な見地からの記述と多様な書物(文学が多い)からの引用によって、自然の素晴らしさを説き、とことん讃美するという、英国人の自然への思いを凝縮させたかのような著作となっている。著者にとって身近なイングランドの自然からはじまり、動植物、山岳や森林、川や海、宇宙の星々にまで言及されている。地球外生命体にもちらっと触れられているが、「火星の中に生物がゐないとは限らぬ」(p.245)って感じで、さすがの冷静さだ。

 著者のジョン・ラバック(John Lubbock 1834-1913)は英国の第4代エイヴベリー準男爵、初代エイヴベリー男爵。昆虫学、植物学、人類学、地質学の分野に造詣の深い自然科学者で、銀行家でもあり政治家でもあった。11歳から14歳までをイートン・カレッジで過ごして以降、大半の教育は家庭で受けたという。リンネ協会の会長、大英博物館理事などを歴任している。生没年を見れば分かるように、国土が工業化によって変貌する過程を目の当たりにしてきた人物でもある。人々が怪物や妖精の迷信から脱して、無用な怖れを克服するさまを科学者として喜ぶ反面、自然への畏敬の念を失った人々が行う自然破壊を忸怩たる思いで見つめている。本来両者は不可分なものだったのだろう。

 実は最初この本を読むのにはすごく時間がかかった。難しい文字や単語が頻出したからだ。地質学関連の項目は未だに理解できていない。はは。ざっと読み飛ばすことが苦手なたちなので、ちょこちょこ辞書を引きながら毎日少しずつ読んだ。おそらく経年の変化によって、古くなってしまってるところも多々あるんだろうけど、なにせ基本的な知識に欠けているものだから、特に気になることもなかった。学術的な記述の途中に叙情的な詩やエッセイが唐突に引用されたり、大仰な自然讃歌が始まったりして面食らうが、おかげで飽きずに読めたと思う。

 ちなみに前述の英国製のドラマでは、幽霊や魔女、UFOなどが取り扱われることもある。ミステリードラマだけにほとんどの場合タネがあるんだけど、いつも気難しい顔をした警部や警視や探偵が、そういうスピリチュアルなネタで右往左往するのは見ていて楽しい。英国において心霊現象研究協会(The Society for Psychical Research)、通称「SPR」が設立されたのが1882年、心霊主義の隆盛と産業革命による大規模な環境破壊は、当然のように時期を同じくしているのだった。


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