江戸川乱歩『毒草』

0 Comments
serpent sea
 江戸川乱歩『毒草』(『江戸川乱歩推理文庫〈5〉陰獣』講談社 1987 所収)

 この作品については、本当は先日の『踊る一寸法師』と一緒に感想を書こうと思ってたんだけど、電車で書いてたメモがどっかに行ってしまって別々になってしまった。探してみたけど見つからないので、もしかしたら駅か車内で落としたのかもしれない。怪しい単語がぐちゃぐちゃな文字で書きなぐってあったから、もしも拾った人がいたら気味が悪いだろうな。

 友人に堕胎の妙薬とされる「××××」という植物についての講釈を垂れていたところ、それを貧しい子沢山な妊婦に立ち聞きされてしまう。それ以来、主人公は強烈な罪悪感にさいなまれていく。まさか妊婦があの植物を実際に用いはしないかと気が気ではない。確かめてみると植物は何者かに折りとられているようだった。不吉な予感がする……。
 数日後、主人公は例の妊婦と道端でばったり出会った。膨らんでいたはずの女の腹は、まるで飢えた痩せ犬のように、ペチャンコになっていたのだった。

 ケレン味の塊のようだった『踊る一寸法師』とは真逆の印象の本作は、著者の作品群のなかでもとくに地味で静かな作品だ。死体一つ出て来ないどころか、犯罪が発生しているのかどうかさえはっきりとしない。主人公はただぶらぶら歩いているだけだったりする。にもかかわらず本作は非常に魅力的だ。根底ある土着的な残酷さと、著者の人間観が醸しだす凄みによるものだろう。それは次のくだりからも窺うことができる。罪悪感を抱いた主人公が妄想するシーン。

醜い顔に、いつも狂者のように髪の毛を振り乱している、あの四十女の女房が、さっき私たちの立ち去ったあとで、恐ろしい決心のために頬を引きつらせながらノソノソと丘を下り、四つん這いになってその植物を折りとっている有様が、気味わるく私の眼に浮かんでくる。それは、なんという滑稽な、しかしながら又、なんという厳粛な、一つの光景であったろう(p.35)


 人の業と動物的な生々しさを剥き出しにした女を、著者は「滑稽」で「厳粛」と表現している。解題には本作について「論理性に重点を置いてきた乱歩が、こしらえものばかりに飽きたらず、以降人生の深層を分析しようとして第一歩を踏み出した注目すべき作品」(p371)とある。著者は以降発表する数多くの作品においても、人の様々な営みを「滑稽」で「厳粛」なものとして捉え、それが著者の作品群の基調底音となっている。江戸川乱歩の多彩さを知るうえで重要であるばかりでなく、短いながら地に足の着いた読み応えのある作品。


関連記事
serpent sea
Posted byserpent sea

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply