W・H・ホジスン『熱帯の恐怖』

0 Comments
serpent sea
 

 W・H・ホジスン(William Hope Hodgson)著, 井辻朱美訳『熱帯の恐怖』("A Tropical Horror"『夜の声』東京創元社 1985 創元推理文庫 所収)

 この作品についてはブログをはじめてすぐの頃に、ちょこっとだけ感想を書いたのだけど、最近また読み返したので改めて書こうと思う。
 現在、W・H・ホジスンの作品はこの作品が収録されている短編集『夜の声』(創元推理文庫)をはじめ「カーナッキ・シリーズ」(創元推理文庫、角川ホラー文庫)『異次元を覗く家』(ハヤカワ文庫)など、あまり苦労せずに有名どころを読むことができる。どれも怪奇幻想を扱った作品で、もれなく面白くハズレがない。作品の大半を占める海洋奇譚は、適当に選んで並べれば傑作選になるような名作揃いだ。

 なかでも代表作は、長編ではラヴクラフトも絶賛したという『異次元を覗く家』、短編では東宝映画『マタンゴ』(1963)の原案として夙に名高く、本書の解説でも「最高傑作」とされている『夜の声』というのが妥当なところだろう。どちらも間違いなく名作なんだけど、それでも個人的に一押しはこの『熱帯の恐怖』。
 ストーリーはこれ以上なくシンプルで……というか、無い。ごく少ないすべてのページが、突如出現した海の怪物と主人公たちとの船上での攻防、殺戮の描写にあてられている。『白鯨』のような伏線も因縁もない。短編小説ならではのこの思いきった構成は、避けがたい天災に対するような畏怖の念を読者に抱かせ、そのうえ怪物の生物としての生々しさを印象付けるのにも一役買っている。人類にとっては天災のような出来事でも、ここで描かれているのは単純な捕食、被食の関係。怪物にとってはたまたま活きのいいエサにありついたに過ぎないのだ。

 この作品の結びは主人公を救助した船の航海日誌が引用されて、ヴィクトリアンな感じのオチとなっている。日誌よるとこの怪物は「巨大な蛇──きっと海蛇にちがいない」(p.46)らしいのだが、作中の描写はシーサーペントと聞いて連想されるような、絶滅種の海棲爬虫類っぽいイメージとは掛け離れたものだ。まず主人公は怪物をぱっと見て「巨大ウナギに似たしなやかさとすばやさ」(p.33)と感じている。長細いのには違いないが、蛇じゃなくウナギだ。ぬるぬるした粘液に覆われてるらしき記述もある。また口のまわりに鉤に覆われた触手が何本も生えているという気味の悪いディティールも備えている。そして極めつけは捕食の方法で、エイリアンのような歯のついた長く白い舌を操って、捕らえた獲物を噛み砕くという。……なんだこの生き物。ゴカイのような環形動物なのかな。

 ……とにかくこんな怪物が大暴れして人を喰いまくる(だけの)作品。面白くないわけがない。

 あと普段はあまり著者自身に興味を持つことはないのだけれど、この作家に関しては支離滅裂でぶっ飛んだその経歴に驚かされてしまった。かいつまんで書くと、牧師の子として産まれる→船員→体育学校を開校→写真家→小説家→義勇兵として前線へ→戦死……という感じで、ほんとマンガみたいな人だ。享年40歳。著者が嫌悪した船員という経歴は、この上ない形で作品に反映されている。


関連記事
serpent sea
Posted byserpent sea

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply