荻田安静『宿直草』山の変な生き物について

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 荻田安静編著『宿直草』より「猟人、名もしれぬものをとる事」(高田衛編・校注『江戸怪談集〈上〉』岩波書店 1989 岩波文庫 所収)

 以前『耳嚢』(←前の記事へのリンクです)に載ってる変な生き物について書いたけど、古来あんな感じの得体のしれない生物が、ポケモンみたいにちょくちょく姿をあらわしていたらしい。今回は『宿直草』のなかにでてくる謎の生き物について。
『宿直草』は江戸時代の前期(1677年)に編纂された怪談集で、のちに『御伽物語』をはじめとする他のタイトルに改題されている。

「猟人、名もしれぬものをとる事」

 紀州日高郡(※1)の猟師が一人で山に入った。鹿笛(※2)を鳴らしていると、向こうのススキ原がかさかさと鳴って、茂みが二つに割れる。何かが歩いているらしい。鹿がやってきたなと思い、なおも鹿笛を鳴らし続けると、笛につられて近付いてくる。そこで茅萱(ちがや)をかき分け、鉄砲をかまえて待ち伏せていると、七、八間(※3)ほど向こうにそれは現れた。頭の幅は三尺(※4)ばかり、開いた口の幅もまた三尺、真っ赤な舌は長く広い。しかし体高は一尺四、五寸(※5)ほど。これは大蛇が真正面から向かってくるのに違いない、ぐずぐずすれば呑み込まれてしまう。そう鉄砲をかまえてためらわずに撃てば、見事に命中した。そして谷へと転がり落ちていったが、その姿は思いのほか短い。

 これは蛇ではなさそうだ。行って確かめようとはしたものの、なんとも薄気味悪い気がしてそのまま帰った。そして翌日、友人を誘って見にいくと、やはりあの生き物は死んでいた。なんという生き物なのかはさっぱり分からない。大きなヒキガエルのように見える。全身をうろこで覆われ、二尺四、五寸の短い尾があり、腹には段があって蛇のようだ。どうにも分類しがたい生き物で、誰もその名を知らない。蟇(※6)というものだろうか。ただし蟇は蟹のように小さなものだといわれているから、蟇でもないようだ。その身も皮もとくに役立ちそうにもない。以上は保存されている一尺ばかりのうろこを、実際に見たという人の話。


 ※1. 和歌山県日高郡
 ※2.「ししぶえ」猟師が鹿をおびき寄せるために吹く笛。amazonでも販売中→「鹿笛
 ※3. 一間は1.8メートル。七、八間は12.6〜14.4メートル。
 ※4. 一尺は約30センチ。頭の幅90センチって、でかい。
 ※5. 一寸は約3センチ。体高42〜45センチ。ひらべったい。
 ※6.「ひき」脚注には「普通はひきがえる。ただしここでいう「蟇」が何をさすか、不詳」(p.95)とある。

 怖くなって翌日友人を誘って見にいくってところが妙にリアルだ。
 挿絵には人間よりもひと回り大きいサイズの、四つ足の生き物が描かれている。上記の怪談話に登場する怪物が的確に表現されているのだが、全身大きなうろこで覆われていて、非常にぶさいくだ。この生き物の正体は一体なんだろう。
 文中の頭の幅=口の幅なところや、ひらべったい体形に注目すると山椒魚のイメージだけど、全身うろこに覆われてるってところが全然違う。それに猟師なら山椒魚のことを知ってるに違いないし。ただうろこがあるのに蛇ではなく、ヒキガエルのように見えるってところからすると、明記はされてないけど四肢があったのだろうとは思う(挿絵にはしっかり描かれている)。そうするとでっかいトカゲみたいな生物だったのかな。

 そこで連想されるのはヨーロッパの未確認生物「タッツェルヴルム(タッツェルブルム)」だ。「ツチノコ」に近い生物じゃないか、なんて言われているけどタッツェルヴルムにはしっかり足があるらしい(※7)。アルプス山脈に棲息するとされるこの生物について、たまに引用するジャン=ジャック・バルロワの『幻の動物たち』には以下のような記述がある。1779年、タッツェルヴルムと鉢合わせをして、心臓発作で死亡した男の家族が残した絵についての話から。

その絵のなかでタッツェルヴルムは、三本の指をもった四本足の大きなトカゲの姿に描かれている。これは、その後のたいていの目撃者がタッツェルヴルムの特徴としているものだ。姿は大型のトカゲかサンショウウオに似ている。鋭い歯のある大きな口をもち、目もはっきりと見える。首は短くて、ほとんどわからない。体はかなりたくましく、体長は六〇センチから一メートルある。ときにはこれよりも大きいこともあるらしい。〔中略〕皮膚についての証言はじつにまちまちである。露出していると言う者もあれば、鱗があると言う者もいる。また、短い体毛があると指摘する者もいる(※8)


 他にもいくつかの目撃例や細々した特徴があげられているのだけれど、この記述を見る限りでは『宿直草』の生物と、かなり似通っているように思う。また中国の『山海経 第二 西山経』の一節には「蛇のようで四つの足、これは魚を食う」(※9)というのがでてくる。水棲の生物らしいのだが、これにも『宿直草』の生き物や、タッツェルヴルムと通じるものがある。
 実際のところ『宿直草』の話は、実在した大きなうろこから発想されたものではないかと思うけど、洋の東西で似たような謎の怪物が目撃(もしくは想像)されているのがおもしろい。

 ※7.「タッツェルヴルム」(Tatzelwurm)はドイツ語で「足の生えた虫」を意味する。
 ※8. J=J・バルロワ(Jean-Jacques Barloy)著, ベカエール直美訳『幻の動物たち〈下〉』("Les survivants de l'ombre: enquete sur les animaux mysterieux") 早川書房 1987 ハヤカワ文庫 p123-p124
 ※9. 高馬三良訳『山海経』(本田済, 沢田瑞穂, 高馬三良編注『枹朴子・列仙伝・神仙伝・山海経』平凡社 1973 中国の古典シリーズ 所収 p.465)

 ※上記の意訳文は、主に脚注を参考にしていますが、解釈などに間違いのある可能性が大いにあります。超意訳です。またごちゃごちゃと書いてある文章には、定説ではない独断や思い込みが多く含まれていて、資料的な価値はありません。あくまでも感想文ということでご了承ください。


  ジャン・ジャック・バルロワ『幻の動物たち 未知動物学への招待〈下〉』早川書房 1987 ハヤカワ文庫


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