『今昔物語集 巻第二十七 本朝 付霊鬼』より「第二十一」気味の悪い箱の話

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『今昔物語集 巻第二十七 本朝 付霊鬼 美濃國紀遠助、値女霊遂死語 第廾一』(山田孝雄, 山田忠雄, 山田秀雄, 山田俊雄校注『日本古典文学大系〈25〉今昔物語集 四』岩波書店 1962 所収)

 ネット発(というか2ch発)の有名怪談というと、まず最初に「コトリバコ」(←詳しくはwiki等参照)って人も多いのではないだろうか。「コトリバコ」は一つの箱と、それを代々保管してきたある一族にまつわる強烈な呪いの話だ。真偽のほどはさて置き、怪奇読みものとしての完成度は非常に高く、なにより物語の中核をなす「箱」の妖しい魅力、存在感が素晴らしい。

 おなじみ『今昔物語集 巻第二十七』に収録されているこの説話もまた、一つの箱にまつわる話で、不気味さにかけては『今昔物語集』のなかでも屈指のエピソードである。どうもこの封印された「箱」というアイテムには、古来から人を惹きつけてやまない妖しい魅力があるらしい。で、この説話の小箱にはなにが入っていたかというと……。

 ……続きは下の「続きを読む」より。また長いです。


『美濃の国の紀遠助、女の霊に会ってついに死にたる語 第二十一』

 今は昔、長門の前司、藤原孝範という者がいた。下総の権守の職にあったときに、関白殿に仕えて美濃の国にある生津の御庄(※1)というところを預かり治めていた。その御庄には紀遠助という男がいた。
 大勢の家来のなかでも孝範はこの遠助をとくに重宝して使い、東三条殿の長宿直に召し上がらせていたが、その宿直を終えたので暇を取らせて里帰りをさせてやったのだった。美濃に下る途上、遠助が勢田の橋を渡っていると、橋の上に女が裾をつまんで立っている。気味の悪い女だなと思いつつ通り過ぎようとすると、女が「あなたはどちらへ向かわれるのですか」と遠助に声をかけてきた。そこで遠助は馬から降り「美濃へ行くところです」と応じる。「お預かり願いたいものがあるのですが、お聞き入れくださるでしょうか」そう言った女に、遠助は「お引き受けしましょう」と答えた。

「まことに嬉しゅうございます」女はふところから絹で包まれた小箱を取り出して、「この箱を方縣の郡(※2)の唐の郷の「段の橋」のたもとにお持ちいただければ、橋の西詰めに一人の女房がお待ちしているはずでございます。その女房にこれをお渡しください」と言う。なんだか薄気味悪くなってきた遠助は、つまらない頼みごとを引き受けたものだと思いつつも、女の様子がどうにも不気味でとても断れそうにない。箱を受けとった遠助は「その橋のたもとにいらっしゃる女房とはいったいどういう人で、どこの人なのか。もしもお会いすることができなかったときはどこを訪ねるのか。そしてこの箱を誰からの贈り物だと伝えればよいのか」と尋ねた。すると女は「ただその橋のたもとにおいでくだされば、これを受け取りにその女房が出てまいります。間違いなく、お待ちしております。ただ、一つだけお約束ください、けっしてこの箱を開けて見たりはなさいませんように」と言い残した。遠助の従者たちには女の姿は見えず、「あるじが馬から降りたかと思えば、ぼんやりと立ち尽くしている」と怪しく思った。遠助が箱を受け取ると、女は去っていった。

 そのあと遠助は馬に乗って美濃に到着したのだが、例の橋のたもとのことをすっかり忘れてしまっていて、箱を届けることができなかった。遠助がそれを思い出したのは家に到着したあとのことだった。「これは悪いことをした。箱を渡しそこねてしまった。つぎに出かけるときには忘れずに持っていって渡さなければ」と、納戸の品々の上の高いところに置いておいた。この遠助の妻は非常に嫉妬心の強い女で、箱をしまう夫の様子ををさりげなく見ていた。「あの箱はどこかの女にあげるつもりで、京よりわざわざ買ってきて、わたしから隠したに違いない」などと思い込み、遠助の外出を見計らってこっそり箱を取り出して開けてみれば、そこにはくり抜かれた人の目玉がどっさり、それと切断された男根の毛がまだ付着したままのものがいくつも入っている。

 それを見た妻は激しく怯えた。帰宅した遠助に取り乱して箱を見せれば、遠助は「あれほど見るなと言われたものを、なんてことをしてくれたのだ」と、あわてて蓋を閉じるともと通りに包み、すぐさまあの女の教えた橋のたもとへと持っていった。すると本当に女房があらわれた。遠助が箱を渡して女のことづてを伝えると、女房は箱を受けとりつつ「この箱のなかを見ましたね」と言う。「いいえ、けっしてそんなことはしていません」そう遠助が言っても、女房は不快な表情もあらわに「とんでもないことをしてくださいましたね」と、激しく怒り箱を受けとった。遠助は家に帰った。

 それから遠助は「どうも気分が悪い」と寝込んでしまった。そして妻に「あれほど開けるなと言われた箱を、考えなしに開けるなんて」と言うと、ほどなく死んでしまったのだった。
 人の妻の嫉妬は深いものだが、わけもなく疑いを持つということは、夫のためにならない。そんな嫉妬のために、遠助は心ならずも若くして命を落としてしまったのだ。嫉妬は女の常の習い事とはいえ、この話を聞いた者はみなこの妻を咎めたと語り伝えられている。


 ※1. 今の岐阜県本巣郡北方町にあった荘園(貴族などの私有地)。
 ※2. 今の岐阜県岐阜市の一部の区域。

「コトリバコ」の箱のなかには子供の身体の一部、指やへその緒が入っていたらしいが、この説話の箱に入っていたのは人の眼球と切断された男根がぎっしり。なんて悪趣味な……。陰毛が少し残ってるというのがまた生々しい。

 ところでこの話、似たような話を聞いたことがあるって人も多いと思う。それは多分「水神の手紙」とか「河童の手紙」とか呼ばれてる民話で、各地に似たような話のバリエーションが伝わっている。アレンジされて童話になったりもしてるし、確かオムニバス映画『怖がる人々』(1994)のなかのエピソードのひとつも、この系統の話をアレンジしたものだった。
 松谷みよ子の『現代民話考』(※3)に収録されている「水神の手紙」のあらすじはこんな感じ↓

 役次という男が川の堤で小坊主に包みと書きつけを預かった。ある池の堤にいる者に渡してくれるだけでいいという。賃をはずむという言葉に釣られて池に向かった役次は、その途中で隣家の作さんにばったりと出会った。小坊主に会ってからのことを詳しく話すと、作さんはどうもおかしい、それは「えんこう」の企みじゃないかといって、書きつけを読みはじめた。役次は文字を読めなかったのだ。
 書きつけにはこうあった。「送り状、イドのホシカワ、九十九イド、生きイドソエテ、ツゴー百イド……右、お受けとり下さい」まさに作さんの睨んだ通り、包みは分家の「えんこう」から本家の「えんこう」への贈りものだったのだ。……役次自身も含めて。これを聞いた役次は震えあがり、作さんのおかげで命拾いをしたと何度も頭を下げたのだった。

 これは高知県の話で、明治のころの出来事だという。「えんこう」は「猿猴」(←詳しくはwiki等参照)と書く。中国、四国地方に伝わる、川や池に棲む妖怪。河童の一種、または河童の異名であるともいわれている。送り状にあった「イド」とは肛門のことで、この話の包みのなかには肛門がぎっしり入っていたらしい。うげー。でも「九十九イド」とか「百イド」とか単位っぽくなってるのはちょっとおもしろい。この送り状を都合よく書き換えて、大儲けしたなんて話もある。依頼人は「女」もしくは「河童」が多く、依頼人として河童を設定した話は、今日見られるような河童イメージが確立された江戸時代以降に成立したものだと思う。

 柳田國男は『妖怪談義』(※4)の「己が命の早使い」のなかで、「日本に於ける元祖」として『今昔物語集』のこの説話に触れつつ、同系統の話を考察している。ルーツはどうやら中国の伝説らしいのだが、「なぜにこんな突拍子もない話がわざわざ日本にまだ輸入せられたか。又、かりに偶合であるとすれば、なにゆえに人の頭脳の中にこういう思い懸けぬ空想が発現したか」さっぱり分からないと記している。

『今昔物語集』の二人の女は、タイトルには「霊」とあるけど、その正体はやっぱりわからない。神様なのか妖怪なのか、タイトル通りタチの悪い霊なのか。「遠助の従者たちには女の姿は見えず」となければ、猟奇的なネットワークでもあったのかと想像してしまう。以前感想を書いた「巻第二十七」の「安義の橋の鬼」(←前の記事へのリンクです)もまた、橋の上で怪異と遭遇した男がひどい目に会うという筋立ての話だったが、上記の「水神の手紙」やその他のバリエーションをみても、ほとんどの場合、橋や川が舞台として設定されていて、どうやらそこに女たちの正体につながるヒントが隠されているらしい。ルーツとなった中国の伝説で預けられた手紙は、「山の神」から「河の神」への雨を降らせて欲しいという「依頼状」だったという。

 ※3. 松谷みよ子「水神の手紙」(『現代民話考〈1〉河童・天狗・神かくし』筑摩書房 2003 ちくま文庫 所収)
 ※4. 柳田國男『妖怪談義』講談社 1977 講談社現代文庫

 ※上記『今昔物語集』の意訳文は、主に頭注を参考にしてまとめましたが、解釈などに間違いのある可能性が大いにあります。超意訳です。またごちゃごちゃと書いてある文章には、定説ではない独断や思い込みが多く含まれていて、引用文以外に資料的な価値はありません。あくまでも感想文ということでご了承ください。


 河童ハンカチ

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