夢野久作『笑う唖女』

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 夢野久作『笑う唖女』(『夢野久作全集〈3〉』 中島河太郎, 谷川健一編 三一書房 1969 所収)

 村の青年医師の婚礼の宴のさなか、孕んだキチガイ女の花子があらわれた。言葉にもならない奇声を発してわめき散らし、青年医師にすがりついて離れようとしない。モルヒネを打ってどうにか引きはがすと、納屋に寝かしつけた。
 実は去年の八月、性欲を抑えきれなくなった青年医師は、森のなかで出会った花子を犯していたのだった。彼女の腹の子の父親はおそらく青年医師である。
 仲人立ち会いの床盆の式を済ませて、初夜の床についた花嫁はいつのまにか寝息をたてはじめた。モルヒネを打たれた花子もまた、納屋のなかで身動きひとつできずにいるだろう。過去の過ちを消し去るチャンスはいましかない。青年医師は足音を忍ばせて納屋に向かった。

 花子の狂いっぷりから、八月の森のなかでのできごと、最後の納屋の場面まで、著者の筆力と独特の美意識が遺憾なく発揮された傑作キチガイ小説。まるで心霊談のような超怖ろしいシーンもある。上記のような簡単なあらすじからは、おそらくこの作品の魅力は伝わらないと思う。全編どこをとっても熱量のある美しい描写で埋め尽くされている。

 まずは冒頭、変な女があらわれたってことで、それを見に行くところ↓

玄関の夕暗の中をズウーッと遠くの門前の国道まで白砂を撒いて掃き清めてある。その左右の青々とした、新しい四目垣の内外には邸内一面の巴旦杏と、白桃と、梨の花が、雪のように散りこぼれている。その玄関に打ち違えた国旗と成年会旗の下に、男とも女ともつかぬ奇妙な格好の人間が、両手を支いて土下座している。(p.305)


 白砂の上に白い花びらが降る真っ白で清浄な空間に、ぽつんとシミのような人影という鮮烈なイメージ。頭上にはご丁寧にも国旗が飾られている。さらにこの「奇妙な格好の人間」花子の描写が続く↓

頭は蓬々と渦巻き縮れて、火をつけたら燃え上りそうである。白木綿に朱印をペタペタと捺した巡礼の負摺を素肌に引っかけて、腰から下にいろいろボロ布片を継合わせた赤黒い、大きな風呂敷様のものを腰巻きのように巻きつけている恰好を見ると、どうやら若い女らしい。全体に赤黒く日に焼けてはいるが肌目の細かい、丸々とした肉付の両頬から首筋へかけて、お白粉の積りであろう灰色の泥をコテコテと塗りつけている中から、切目の長い眦と、赤い唇と、白い歯を光らして、無邪気に笑っている恰好はグロテスクこの上もない(p.305-306)


 その見てくれもさることながら、くり返し描かれる花子の奇行がこれまた凄まじいのだが、不思議なことに読んでいるうちに花子に対する切ないような気持ち沸き上がってくる。必死でなにかを訴えかけようとする彼女のことが、どんどんかわいらしく思えてくるのだ。「アウアウアウアウアウ。エベエベエベエベエベ」(p.306)しかいってないのに。……さすがキチガイ小説の巨匠。

 そして五円玉にも欲情するような青年医師が、八月の鎮守の森を行くシーン↓

忽ち、たまらない草イキレと、木陰の青葉に蒸れ返る太陽の芳香が、おそろしい女の体臭のように彼を引包んだ。行けば行くほどその青臭い、物狂おしい太陽の香気が高まって来た。彼は窒息しそうになった」(p.312)


 禁欲状態にある男が植物の臭いに欲情するという描写は、前に感想を書いた『白菊』(←前の記事へのリンクです)のなかでも印象的に用いられていた。『白菊』は非道の限りを尽くしてきた犯罪者が、眠る少女の無垢さに打たれて破滅するという物語だったが、この作品もまた「神々しいくらい純真に輝く瞳」(p.313)を持った狂女の純粋さに、前途洋々たる青年医師が自らの罪を隠蔽しようとして身を滅ぼすという物語だ。著者の作品というとエログロナンセンスをイメージしがちだけれど、こうした純粋さの悲喜劇をテーマとする作品は多い。

 著者の『猟奇歌』のなかには「唖の女が/口から赤ん坊生んだゲナ/その子の父の袖をとらへて」(※)という一首があって、『笑う唖女』はこの歌をブローアップしたものではないかと思う。


 ※夢野久作『猟奇歌』(『夢野久作全集〈7〉』 中島河太郎, 谷川健一編 三一書房 1970 所収)


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Posted byserpent sea

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